2015/07/22

医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その3 味方がいない場所でも怯むことなく意見を述べる

●私の役割は伊藤さんを沈黙させること


これは私が当日読み上げた原稿の一部だ。自己紹介でも公開しているものだ。たとえ時間があったとしても、さすがの伊藤さんも隣で「ありがとうございます」などと私に涙ながらに発表されたら、沈黙せざるおえなくなるんじゃないかと思う。


つまり、はじめからそういう目的で私は選ばれたのだと思っている。


出産から、7年以上がたちましたが、私の心はいつも救命していただいた先生のそばにありました。ご存知のように、今、周産期医療は崩壊をしています。私が出産したときも、まるで戦場のようでした。執刀していただいた先生は、朝から立て続けに手術があり、私の手術の前には床に座り込んでおられました。手術は当初、妊娠を継続させるためのものでしたが、出血のために急遽、帝王切開に切り替えられました。


あのとき、私と息子を救命するために全力を注いで下さった先生の姿を、一日も忘れることができずにいます。そして、その後を引き継いだ新生児科の先生方の、まるでご自分の命を吹き込むように小さな子供達を救命する姿は、私に、生きる意味を、深く問いかけました。


小さく生まれた子供を育てるには、多くの試練、厳しい現実があります。私は小さく生まれた子供の母となり、このことをはじめて知りました。それまで、マスメディアで同じような話題が取り上げられていても人ごとのように感じていたのです。小さく生まれた子供には 発育・発達の障害や機能不全があります。


先ほど申し上げましたように、息子にも何度も生命の危機がありました。山ほどの書類にサインをし、薬の投与と輸血を繰り返しました。小さく生まれた子供や障害を持った子供は 親から虐待を受けたり、心中が起こりやすいと言われています。 


私自身も、何もかも投げ出し終わりにしたい、そう思ったこともありました。


しかし、先生や看護師さん達の献身的な支えが私を変えました。周産期医療には『勤勉、努力、誠実』忘れかけている言葉が、今も生きていました。『愛する心』が満ちあふれていました。これは、日本が決して手放してはならない『良心』そのもののように思います。息子の成長が順調になり、「ママ」といえるようになった時には 不安がかき消されて行きました。


一方で、これまで受けた医療について、振り返ることができるようになりました。現在の医療環境は大変厳しく、先生方はご自身の命を削って助けてくださったようにも 見えます。息子の入院中も、倒れられた先生がいらっしゃいます。先生方の姿を見ていると『何のために一生懸命勉強をするのか 、努力をするのか、まじめに働くのか』わからなくなる時があるのです。常に努力を続けた結果が、この労働環境なのかと悲しく思ってしまいました。


このまま、医療関係者の努力が報われないのなら、日本はどうなって行くのでしょうか。息子が生まれた時よりも、状況は悪くなっていると聞きます。今、息子が生まれたのなら、助からなかったのかもしれないと思ってしまいます。また、大野病院事件のように 一生懸命やった結果が、不幸なことになった場合には、マスメディアはなかなか真実を伝えないことも分かりました。


そこで、皆様にお願いがあります。このままでは、日本の周産期医療は終わってしまいます。どうか現状をもっと知って下さい。産科や新生児科には、圧倒的なマンパワーが必要なことを、お産には予測不可能なリスクがあること、さらに小児医療には可能性があることを、理解していただきたいのです。まずは、現場の医療者を、応援していただけないでしょうか。信じていただけないでしょうか。


写真をご覧下さい。いかに日本の周産期医療が素晴らしいか、おわかりになっていただけると思います。日本の医療は世界でもトップのクオリティーがあります。しかし、労働環境はよくありません。失敗をすれば厳しい追求もあります。


私が、今日、一番、訴えたいことは、お一人お一人が、どうして欲しいかだけではなく、今、医療がうまく行くためには、何ができるかを考えていただきたい、ということです。


周産期医療では、訴訟が絶えません。高額な損害賠償の金額は、まるで私と息子の命の金額のようで、心が苦しくなります。もしも崩壊してしまったら、私はこの先どうやって生きていったらいいのかわかりません。先生方が命を削って助けて下さったように、私にも命をかけて守りたいものがあります。どうかよろしくお願い申し上げます。


最後に、この場をお借りして、私達の救命にご協力下さった皆様へ感謝の気持ちを述べさせていただきたいと思います。医師の皆様、看護師の皆様はじめ、救急搬送をして下さった皆様、転院のための搬送も含め、三度も受け入れて下さった○センターの皆様、ご恩は生涯忘れることはありません。


同時に、新しいお薬を開発している皆様、それを試して 使えるようにしている皆様、未熟児用のミルクを開発していただいた皆様、未熟児用の保育器や監視機器を開発していただいた皆様、小さなオムツを作っていただいた皆様、ありがとうございました。


私は経営学部出身ですが、企業は決してお金儲けだけをしているのではなく、社会貢献をしているということを知りました。皆様の善意によって私達は苦しい時を助けていただきました。今の時代だからこそ、日本だからこそ、助けられた命だと日々感謝しております。


周産期医療、救急医療では、未知のリスク、将来の副作用を恐れていては、リターンを得ることができません。この先、どのような未来が待ち受けていようとも、母となる喜びは何物にも代え難い喜びです。


この、素晴らしい、日本の周産期医療を次世代へ。どうかよろしくお願い申し上げます。がんばる人、努力する人、リスクを負う人が第一に報われる社会でありますように、心より願っております。ご清聴いただき、ありがとうございました。



●ジャーナリストとして怯むことなく意見を述べる伊藤さん


でもあの日、伊藤さんはジャーナリストしてご自身の意見を、躊躇うことなく主張された。さすがにメディアの第一線で長い間お仕事をされている方だと思った。


ふと、伊藤さんの手元に目を落とすと、その日のために用意した原稿のようなものがみえた。


私はその原稿をみた瞬間、後味が悪くなり「申し訳ないことをした」と思った。「シンポジウム」とは特定の問題について何人かが意見を述べ、議論する場だ。どのような理由があれ、伊藤さんの発表をカットするなど、本来あってはならないと思うからだ。


隣ですわって伊藤さんの話をじっときくうちに、引き込まれていった。シンポジウムが終わる頃には、私は「もしかしたら間違っているかもしれない」と思った。


なぜなら、伊藤さんがおっしゃっておられることはその通りだと思ったし、「医療崩壊」だからと看過できることではないと思えたからだ。例えば当時東京都の「受け入れ拒否」が社会問題となっていたが、中には医療機関への照会回数が30回以上、受け入れ先の医療機関に到着するまでに3時間近くかかり、その後に死亡していたケースもあったそうだ。


私の隣には都議会議員さんがおられた。その方は「(問題の本質から目を背けるから)『たらい回し』という言葉を使ったらいけないんですよね」とおっしゃっておられたと思う。しかし伊藤さんのように『たらい回し』という言葉を使ったうえで「『たらい』を誰が回しているのかわからないのが問題」と指摘した方が適切のような気がした。


私は救命された元患者だけれど、同時に被害者でもある。医療機関の情報公開はまだまだ足りない。名誉を回復する手段が一切ないから法務局の人権相談窓口に相談したことがある。でも、「あなたは人権侵害を受けた被害者ですが、医療機関でおきた人権侵害は法務局では扱えない」と言われてしまった。医療機関は特別なのだ。



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開示したカルテ。黒塗りの部分が多い。医療機関や製薬企業の情報公開はすすんだといわれるが、都合の悪い情報は出さない


だからもしも今「ありがとう」なんていって改善すべき問題を看過したら、それこそ将来、救える命が救えなくなるんじゃないか。いやいや、この瞬間にも被害者がうまれているのかもしれない・・・。リスクをとって仕事をしているのは伊藤さんも同じだ。


●「インテリジェンス武器なき戦争」を読んで考えた


私は、私の良いところがあるとしたら、反対意見にもきちんと耳を傾け真剣に考えることだと思う。


自己紹介を読んでいただくとわかると思うが、ある事件があったことで、私は元外交官の佐藤優さんが大嫌いだった。テレビで目にするたびにチャンネルを変えていたし、インタビューが掲載されている雑誌は絶対に買わなかった。


でもある時、佐藤さんが出演したラジオを偶然耳にした。やはりその時も次第に話に引き込まれていった。番組が終わる頃には佐藤さんのことをもっと知りたいと思い、番組の中で紹介していた本も読んでみようと思った。


それが「インテリジェンス武器なき戦争」だった。


すぐに購入し読み始めたら夢中になった。読み終わった時には佐藤さんが好きになって、夫にその本をすすめた。はじめは驚いていたけれど、夫も今佐藤さんのファンの一人だ。


同じようにあのシンポジウム以来、私は伊藤さんの出演する番組をテレビでみたり、書いた記事を見つけるとなるべく目を通すようになった。


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(次回に続く)

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