2015/07/24

医療ジャーナリスト 伊藤隼也さんについて その5 市民の中に飛び込んでいくジャーナリスト

別の記事に目をうつすと今度はがん医療における「ドラッグ・ラグ」を追及している。海外では使えるのに、日本では使いたくても使えない抗がん剤の特集だ。「ドラッグ・ラグ」の「未承認薬」と「適応外薬」の問題。そして腫瘍内科医や放射線治療医などの専門医不足にも言及している。


●2010年11月18日週刊文春 「癌治療」日本はここまで遅れていた! 抗がん剤と放射線治療」専門医も薬も足りない!外科医が抗がん剤治療をするのは先進国では日本だけだ・・・


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一言で感想をいうなら、「良いことが書いてある」だ。


よく読んでいくと当時は気づかなかった。あの人気ブログ『若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記』を書いていた「ペコ」さんのインタビューが掲載されている。


(※『若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記』は2007年の春に進行性の乳がん(Ⅱ期)と診断された北海道在住の30 代の女性、ペコさんが書いていた闘病ブログのことです。250万アクセスを記録するほどの反響がありましたが、2011年1月21日、ペコさんは天国に旅立たれたました)


伊藤さんは「とくダネ!」でペコさんを紹介しただけでなく、文春でも取りあげたんだ。


●伊藤さんと『若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記』


こちらは伊藤さんのツイート。


https://twitter.com/itoshunya/status/21673768028 2010年8月20日

ドラッグラグ問題取材開始!今日は北海道でペコさん取材http://bit.ly/8jZpFj昨夜まで沖縄にいたので、秋の気配が濃厚に感じられる札幌入りでした。彼女は進行性乳がんを闘病しながらも、多くの人たちに勇気を与えてくれている。本当に凄い存在だ。近いうちにとくダネで放送予定 



●ペコさんを勇気づけたフジテレビ『とくダネ!』


こちらはペコさんのブログ。「とくダネ!」への感謝の言葉が綴られている。自分のブログが番組で紹介され泣いてしまったそうだ。





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今朝のフジテレビ「とくダネ!」番組内で、
主に私のことを元にした、
ドラッグラグ問題の特集を取り上げていただきました。
自分が思っていたよりも反響が大きく、驚いております。
多くのコメントどうもありがとうございます。

今朝、病室のテレビで放送を見ていたら、自分の書いたブログの内容なのに感極まって泣いてしまいました(汗)

さて、そこで皆様にお願いがあります。

とくダネ!の放送を見た率直な感想を、
ぜひ厚生労働省のご意見フォームに書いて送ってもらえないでしょうか。

https://www-secure.mhlw.go.jp/getmail/getmail.html

このドラッグラグ問題、私にはこの後、どうしていいのかわかりません。
ただ、皆さんに放送を通じて知ってもらったことは大きなことだと思います。どこかに声を届けるなら、ここだと思います。

今回の件は、放送を通じて私の一例をご紹介したというだけであって、
他のがんに対する抗がん剤や、難病の方の薬など、
日本国内において、根深く起こっている出来事なんです。
ぜひ、ご協力よろしくお願いいたします。

また、フジテレビのスタッフの皆様方は、
既にブログのコメントを読んでくださっているようですが、
フジテレビ社内的にも、反響があったという履歴を残す意味で、
もしよろしければ「とくダネ!」にも感想を送ってください。
また違った形で、特集を組んでくださるかも知れませんので。

https://wwws.fujitv.co.jp/safe/tokudane/info.html

本当は、最終的には長妻厚労相が薬の承認のハンコを押すわけなので
伝えられればいいんですけど・・・なかなか難しいですよね(溜息)。


ペコさんを取りあげたのは一度だけではない。伊藤さんの強みは、テレビだけでなく週刊誌でも活躍しておられることだと思う。伊藤さんのように、テレビや週刊誌で何人もの記者さんに協力してもらい取材ができるジャーナリストはそんなにいないだろう。やっぱりすごいな、と思う。





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11月11日(木)発売の週刊文春(11月18日号)に、

「抗がん剤と放射線治療」専門医も薬も足りない!
「がん治療」日本はここまで遅れていた [反響続々! 告発キャンペーン]


というコーナーがあるのですが、
この中に、ドラッグラグ問題に鋭く切り込んだ視点で
私の現在の闘病について、掲載されます。

私の主治医のW先生のコメントも掲載されており、
それを読めば、私がどれだけ厳しい状況で綱渡りを続けてきたかが
おわかりいただけると思います。
大変切実な問題です。しかも私だけの問題じゃないんです。
私の例は、ほんの1例であって、このドラッグラグ問題が原因で
今日も無念な思いでお亡くなりになった人が、日本のどこかに必ずいるんです。

ぜひ、週刊文春をお買い求めになって、このドラッグラグ問題について
お考えいただければと思います。
また、以前もご紹介しました、厚生労働省のご意見フォームのほうにも、
ご意見をお送りいただけると大変ありがたく思います。
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m

https://www-secure.mhlw.go.jp/getmail/getmail.html


「厚労省は省庁の中で一番のんびりしている」とある市民活動家の方が私に言っていた。人の命がかかっているというのに、我が国の厚労省は長い時間をかけ、地道に働きかけないとなかなか動いてくれない。


でも、ペコさんのように病室から出られない患者さんには残された時間が少ない。だから伊藤さんのように、テレビや週刊誌で継続して働きかけてくれるジャーナリストは貴重な存在なのだ。


私にも闘病しておられた彼女の気持ちが少しはわかる。私も瀕死の状態から救命された元患者だからだ。なんとなく目頭があつくなった。でも、泣けてくるのは患者さんの気持ちもがわかるから、というよりもネットに書き込まれた伊藤さんへの悪口を思い出したからだ。


伊藤さんはテレビや雑誌で活躍して忙しいはずなのに、患者さんや被害者のブログをよく読んでおられる。伊藤さんならペコさんのブログを気にかけてずっと読んでおられたに違いない。


ペコさんが天国に旅立たれた後、ポコさんがかいた「とくダネ!」の思い出。


ちょうど1年前 『若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記』 2011/09/07


ペコからは、ブログの文章や写真を利用した放送になるらしいとの話を聞いていましたが、
ペコも私も「どう使うんだろうね」と直前まで話していました。

そして放送当日。

私自身は仕事のためリアルタイムでは観ることができなかったのですが、
ペコからのメールでは「自分が思っていたのの5倍ぐらい映っていた」とのこと。

使ってもらえそうな話をそんなにしただろうかと思ったのですが、
見舞いの後、自宅に帰って録画していたものを観て納得しました。

ブログや宝島の記事や写真を、それこそ駆使していただき、思い出深いものにしていただきました。

お陰さまで「ドラッグラグ」を訴えたその放送は、多くの方に見ていただけましたし、今なお癌と闘っている方々にとってわずかでもお役に立っていることを願ってやみません。



念願だった闘病記が出版された直後、天国に旅立たれた。その時もやはり「とくダネ!」がペコさんを取りあげた。



本日の北海道新聞に掲載されました! 『若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記』 2011/01/27


ちなみに、ペコが天国に旅立った21日の北海道新聞 札幌圏版28面でも
本の出版のことをご紹介いただいていました。
こちらもありがとうございました。

また、24日のオープニングトークで取り上げていただきました、
フジテレビ「とくダネ!」さんもありがとうございました!!

いろいろなところで紹介をしてもらって、天国のペコも喜んでいると思います。


ペコさんが亡くなった翌日の伊藤さんのツイート

https://twitter.com/itoshunya/status/28739105336590336

若年性乳がんになっちやった!ペコの闘病日記」作者のペコさんが昨日、天国に旅立たれました。本当にいつも前向きで、彼女から沢山の事を学びました。日本のがん治療が患者さんのためにどう有るべきかを!命をかけて訴えた事は決して忘れません。ご冥福をお祈りします。



そもそも私が伊藤さんと親しくなったのも、私に「何か困ったことがあったら連絡して!」と名刺を渡してくれたから。


リップサービスなのかと思ったらそうじゃなかった。突然電話をかけてきてくれることもあるし、私がメールを送ると「今からとくダネ!の本番なんですよ」などと、返信メールが届いてびっくりすることもある。


伊藤さんは市民の中に飛びこんでいくジャーナリストなのだ。


【 追記 】

ペコさんが亡くなった後、読売のヨミドクターにも掲載されたようだ。ブログ、週刊誌、新聞、テレビと果たす役割はそれぞれ皆違うけれど上手くつなげられたら、良い方向に動くというお手本のよう。記事の中にある「テレビに取りあげられた」というのはフジテレビの「とくダネ!」のことだろうか。





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ブログの主の死から半年たった今も、がん闘病のジャンルで人気1位の座を守るブログがある。「若年性乳がんになっちゃった! ペコの闘病日記」だ。


「ここからです、ここから! ここから、ペコの奇跡の物語を皆様にお見せできればと思います」


札幌市の藤谷ペコさん(筆名)がブログでこう書いたのは2008年12月。がんが心臓にも転移し、余命半年と告げられた直後だった。宣言通り、新たに投与した抗がん剤が効果を見せたものの、いつ心臓が止まってもおかしくない。医師は反対したが、夫(40)と香港旅行を決行し、その後も海外旅行を繰り返した。


「妻の生きる力になったのは、がんであっても毎日を楽しむ気持ちと、『怒り』でした」と夫は語る。


結婚1年目の07年3月、右胸の乳がんと診断された。34歳の時だ。母親を卵巣がんで亡くし、乳がん検診を毎年受けていたが、既にリンパ節に転移していた。


全摘手術直前に始めたブログで、若い世代で見落としの可能性が高い乳がん検診の問題を何度も訴えた。


手術から8か月後の08年7月、骨とリンパ節に再発。ホルモン療法や、分子標的薬という新しい薬が効かない乳がんのため、抗がん剤で命をつなぐしかない。保険で使える抗がん剤はすべて試したが、次々と効かなくなっていった。


脳や甲状腺にも転移が広がった10年秋にはテレビ出演し、海外で広く使われている薬が日本で使えない「ドラッグ・ラグ」の解決を訴えた。「日本でなければもっと治療できるのに!」と何度も悔しがった。


その番組でペコさんを知った乳がん闘病中のまつこさん(40)(筆名、北海道在住)はブログを見て驚いた。


「こんなに具合が悪いのに旅行に行っちゃうの? 何でこんなに前向きなの?」


昨年末に再発がわかったまつこさんも、抗がん剤が命綱となる同じタイプの乳がんだ。「薬がなくなり体が弱っても、ペコさんの気持ちは決して弱くならなかった。励まされました」


今年1月、「ペコの奇跡の物語が終わりました」と夫がブログで報告した。読者の声350件以上が寄せられ、38歳の死を悼んだ。


まつこさんはその後も度々ブログを訪れる。ペコさんが臨床試験でしか使えなかった抗がん剤が、保険で使えるようになったニュースもコメントで入れた。


「少しでも思いを継ぎたいから」と、4月には自身のブログを開設、ドラッグ・ラグやがん検診について発信を始めた。ブログが、人から人へ生きる希望をつないでいる。(岩永直子)




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