2015/08/04

『 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』私を職場から追った言葉 その2

『 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』 私を職場から追った言葉 | 医療ジャーナリスト伊藤隼也と本誌取材班 | SAPIO 2013年6月号 (05月10日発売) の続き


Aさんはこの時、確定診断を受けた国立病院機構名古屋医療センターの診断書を持参していた。「診断 HIV感染症」と記された診断書には、「看護職についてその就労については、特に加療により免疫の再構築がはかられた後には制限はない」と明記されていた。


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Aさんの診断書には就労について「制限はない」と明記されている(下線は編集部)。


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診断書をAさんが提示すると副施設長は、「医療センターが就業可と言っても、当院は無理」と突っぱねた。別の上司からは、「看護職を続けたければ、理解のある医師のところで働けばいい」と告げられた。


副院長は血液内科の医師であり、HIVの感染リスクはいかに低いかは当然知っているはずだった。しかし、HIVに感染していても就労可能だと何度説明しても聞いてもらえない。Aさんはその後、院長に電話したがつないでもらえず、看護科長からは「もう接触しないで」と暗に諭された。話し合いを重ねたが、病院側は頑なに態度を変えなかった。


Aさんのケースのように、医療機関の理解が特に遅れていると、杏林大学保健学部の大木幸子教授が指摘する。「HIV陽性者の『針刺し事故』を心配し受け入れを躊躇する医療機関が少なくありません。ある医療機関では院長が『僕はいいのだけれど、ナースが嫌がるんだ』と話されていました」


世間以上に、医療従事者がHIV陽性者に対して無関心なのだ。彼らが差別を惹起していると言っても過言ではない。


結局Aさんは11月末に「退職強要と受け止めている」と伝えて辞表を提出した。現在は陽性に理解を示す医療機関で看護師として勤務する。「別の病気に感染すると非常に長引く可能性があるので、感染系の病棟には近付かないよう注意しながら点滴や採血などの通常の看護師業務をこなしています。薬によって体調も安定しています。


病気は人を選びません。本来、患者を守るべき立場の医療機関で、こんなHIV差別がまかり徹っていることを知ってもらいたい」(Aさん)


この問題を受け、厚生労働省は「職場におけるエイズ問題に関するガイドライン」(旧厚労省が95年に作成)を改正し、医療現場でも就労差別をしないよう求める通達を出した。日本看護協会も「HIVに感染した看護職の人権を守るよう、呼びかけます」との声明を出した。


しかし、今なおこういう差別は世間に蔓延している。Aさんは副施設長が自分に向けた一言が今も忘れられない。「(復職できないのは)病院が悪いのではなく、社会が悪い」



●“増加するいきなり発症”


エイズはHIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染することで発症する。体内で増殖するHIVは免疫機能をコントロールする「CD4細胞」を減少させるため、感染すると外部からの病原菌などと戦う免疫システムが異変をきたす。その結果、カンジダ症やニューモシスティス肺炎など正常時ならかからない感染症に罹患する。そうした「日和見感染」のうち、代表的な23の疾患のどれかを発症するとエイズ(後天性免疫不全症候群)と診断される。


HIVの感染経路は性行為、血液感染、母子感染の3通り。一般的に感染から平均10年程度でエイズを発症するが、1年以内に発症するケースもあり、個人差が大きい。日本での新規HIV感染者、新規エイズ患者の報告数は、85年に国内初のエイズ患者が確認されて以降ほぼ一環して増加している。(図表1)


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この新規エイズ患者数には、HIV感染者の経過報告は含まれていない。つまり、エイズを発症したことによって初めてHIVに感染していたことを知る“いきなり発症者”である。問題はそれが全報告数の3割を超えることだ。HIVに感染したことを知らないまま性行為を重ねると感染拡大につながるため、早期検査が極めて重要になる。


HIV感染研究の第一人者である名古屋市立大学看護学部の市川誠一教授が警告する。「エイズを発症すると患者自身が体調の異変に気づくため、医療機関にかかります。よって、新規エイズ患者数はほぼ100%補捉できています。


しかし新規HIV感染者はあくまで検査を受けて判明した報告数であり、検査を受けていない潜在的な感染者数は補捉できません。エイズ患者が増えているということは、“感染に気づかずにいる人がいる”ということを示しています。一方、保健所等の検査数は激減しており、感染を早期に知る機会が減っています」


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私はAIDSに感染していました。−−−−Yahoo! 知恵袋


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(※ 参考のために私が掲載しました。もしもこのような相談されたら、私は何て答えるかな、と考えています)


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状況を放置すれば感染の拡大につながりかねない。しかし、前述の通りHIV抗体検査数は激減している。保健所で匿名かつ無料で検査が行えるにもかかわらずだ。保健所における相談件数も08年をピークに大きく減っている。


●「しなない病気」になって差別は進行した


80年代半ばに突如登場したエイズ。死期が迫り痩せ細ったエイズ患者の映像は、世界を恐怖と混乱に陥れた。日本でも85年にエイズと患者が出現すると、パニックとなった。当時の強烈な印象から、今でもエイズは「死の病」とイメージされがりだが、現実はまったく異なる。


96年に抗HIV薬を多剤併用してウイルスの増殖を抑える「HAART」(カクテル療法)が開発され、すぐに死に至る病気ではなくなった。エイズ患者の病変報告は任意のため全数把握ではないが、厚生労働省に報告された死亡者数は96年の116人をピークに減り続け、11 年は16人だった。またデンマークで07年に報告されたHIV陽性者の余命研究では、25歳でHIV陽性が判明した場合の余命が38.9年とかなり長くなっている(図表2 )。


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死が遠ざかった一方で、普通に生きていく上でさまざまな問題が顕在化している。


HIV陽性者の自立支援を行うNPO「ぷれいす東京」の生島嗣代表は「エイズへの偏見は昔と変わらない」と言う。「疾病としてのエイズの姿は昔と大きく変わりました。しかし社会に共有されているのは以前と変わらぬ『死の病』や『得体の知れない病気』というネガティブなイメージです。そのためHIV陽性がわかってもカミングアウトできず、社会からは『エイズはもはや消えた病気』とみなされる悪循環が続いています」


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特定非営利活動法人 ぷれいす東京


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ぷれいす東京とは


ぷれいす東京はCBO(Community Based Organization)として、HIV/エイズとともに生きる人たちがありのままに生きられる環境(コミュニティ)を創り出すことをめざして活動しています。

「ぷれいす」“Place”は、集い、憩い、活動し、ネットワークする「場」を意味するとともに、“Positive Living And Community Empowerment”の略でもあります。

“Positive Living”は「自分らしく生きる」こと、“Community”は私たちが生活を営む「環境」や関心・利害を共有するグループ(たとえばHIV/エイズとともに生きる人々)、 “Empowerment”は「内なる力を引き出し可能にすること」をそれぞれ意味します。



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間違ったイメージが不安を増殖し、HIVの話題がタブーになる。そして実際のエイズの患者が現れると驚いて拒絶反応を示す。


そのため、 HIV陽性者が他の病気に罹った場合、治療が難しくなっている。


「HIV陽性者も当然、風邪や腹痛など一般的な病気を患います。しかし、病院の一般診療でHIV陽性者とわかると、治療を断られるケールがあるため、わざわざエイズ治療拠点病院まで風邪薬を処方してもらいに当でする患者もいます」(大木教授)


医療機関側の無責任な姿勢は至る所で弊害を生んでいる。最たるものは人工透析だ。


「長期間薬物療法を続けていると、副作用で腎障害を患う場合があります。しかし、エイズ治療拠点病院では外来での人工透析をほとんどやっていない。やっていても、遠方まで週に3日も通うのは患者の負担が大きすぎます。本来は町の透析クリニックが担うべきですが、現状では十分に対応できていない」(大木教授)



東京都が透析に対応する都内の医療機関を対象に実施した調査(11年)によると、HIV陽性者を受け入れた経験のある無床診察所、有床診療所、病院(エイズ治療拠点病院を除く)はそれぞれ4.4%、5.9%、2.2と極端に少なかった。そして受け入れ経験の少ない医療機関のうち、今後も「受け入れることが難しい」との回答は6割を超えた。



「今後、HIVは本格的な長期療養時代を迎えます。陽性者が増える仲、高齢化も進んでいきます。透析を含めた医療機関の充実が急務です」(大木教授)



不自由な生活を強いられるHIV陽性者たち。多くの問題は人災だ。次号、陽性者たちのさらなる苦悩に迫る。


『 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』 親に言えない! 仕事がない!家庭と職場を覆う差別と偏見 その1


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