2015/08/07

『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その1

(※ これは国際情報誌「SAPIO」2013年8月号に連載された特集記事です。著者の伊藤隼也さんに許可をいただいて引用させていただきました)


『 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦——』 親に言えない! 仕事がない!家庭と職場を覆う差別と偏見 その2 の続き


[ 短期集中連載 ] 今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 伊藤隼也と本誌取材班 SAPIO 2013年8月号 (07月10日発売)


SAPIO 2013年8月号 (07月10日発売)

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最終回 結婚、恋愛、出産—————できるけど、できない 


エイズへの無理解、HIV陽性者への偏見は、本人だけでなくその家族も苦しめる。それ故、陽性者たちは家族を作ることに躊躇せざるを得ない。前号まで報じてきた医療現場、職場での差別同様、ここでも原因となっているのは世間の無理解だ。


*  *  *



都内の大手企業にフルタイムで勤務する30代女性のレイさん(仮名)は小学生の娘と二人暮らし。ちょっとわがままなところもある娘だが、レイさんが熱を出すと心配して保冷剤をそっと渡すような優しさがある。最近、責任ある仕事を任されて忙しくなり、愛娘と一緒に過ごす時間が減ったのが悩みのタネと、携帯電話に保存した娘の写真を見せながら相好を崩す。


レイさんは一見、どこにでもいる活発で幸せそうな母親だが、実はHIV陽性者。妊娠5ヶ月時の検査で医師からHIV感染を告げられた。「一瞬、何が起こったのかわからず、パニックになりました。自分の命や将来のことより、お腹の赤ちゃんのことが気になりました」(レイさん)


すぐに母親に電話したが、胸が詰まって事実を告げられなかった。当時、まだ籍を入れていなかったパートナーに連絡すると、病院近くの駅まで迎えに来てくれた。静かにHIV感染を告げると、彼は一瞬絶句してからつぶやいた。「俺のせいだと思う・・・」


◇  ◇  ◇



HIV陽性とわかったばかりの人へ | ぷれいす東京


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あなたはHIV陽性であることを知り、不安を感じたり、驚いてパニックになったり、あるいは冷静に事実を受け止めようとしているかもしれません。さまざまな気持ちや、状況の中でこのページをご覧になっていることと思います。

まずは、以下の6つのことを知ってください。

そして、もう少し詳しく知りたくなったら、相談窓口に連絡をとってみたり、リンク先のサイトやPDFファイルを読んでみたりするといいでしょう。



◇  ◇  ◇



●知られていない「母子感染は0.45%」


出産に同意し、応援してくれていたはずの彼はその後、「あきらめてくれ」「自分の体を大切にして」と繰り返すばかりだった。胎児への感染を怖れて、また母胎への悪影響があると勘違いして堕胎を求めたのだった。のちに詳述するが、母親がHIVに感染していても適切な処置を行えば母子感染を防ぐことができる。レイさんのパートナーにはその知識がなかった。


反対者は彼だけではなかった。帰宅後、レイさんから病名を告げられた母親は、テレビ番組などで得た知識から、「私達が差別される。恥ずかしい」と顔を背けた。父親と兄も反対し、レイさんはいたたまれなくなった。


◇  ◇  ◇



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◇  ◇  ◇



一方で受診先の病院のソーシャルワーカーは社交的な支援や制度を説明し、熱心に出産を勧めた。産みたいと思っていたレイさんの気持ちはより一層固まった。


「流産した経験があったので妊娠がとても嬉しかったし、絶対に産みたかった。パートナーには理解してもらえず、結局別れました。家族には反対されましたが、母子感染の確率が低いことを知り、ソーシャルワーカーの勧めもあって “産もう”と決めました」(レイさん)


厚生労働省が10年度にまとめた「HIV母子感染予防対策マニュアル第6版」は妊娠初期のHIV検査、帝王切開による分娩、服薬、断乳(人工栄養)の4対策を実施すれば、「HIV母子感染をほぼ防止できる」と太鼓判を押す。実際、帝王切開での分娩で乳児への感染率は0.45%とされている。


また、米国では今年3月、上記の対策を怠り母親の胎内でHIVに感染した女児に対し、出生30時間後から抗ウイルス薬を投与し、ウイルスの抑制に成功した臨床例がある。このケースは、母子感染した乳児が初めて「治癒」した例として大きく報じられた。


母親が陽性者の場合、乳児は出生48時間以内にHIV感染の検査を受け、さらに出生3~6ヶ月までに3度の追加検査を受ける。いずれも陰性なら9割以上の確立で非感染とされるが、確定診断は乳児が成長した1歳6ヶ月まで待たねばならない。


後の検査でレイさんの娘は陰性である、最終的に感染なしと確定診断された。だが、娘が生まれる前から早くも「区別」を感じた。


出産時の入院に際し、病院側は感染症用の容器や浴室を完備した個室を提供した。病院なりの配慮なのだろうが、レイさんは寂しい思いをした。「個室に入れられ、他のママさんと触れ合えませんでした。赤ちゃんの沐浴も最後にされて、こうやって区別されるのかと感じました」(レイさん)


退院後、住居区の保健師に「今後の治療や就労を考えると、子どもを慣れさせておいたほうがいい」と保育園に預けることを勧められ、娘を近所の保育園に入れた。HIV陽性者の母親は保育園側にカミングアウトせずに子供を入園させる場合もあるが、レイさんは万が一に備えてHIV感染を伝えた。そこでも区別を感じた。


「保育園で娘がプールに入るのは皆が終わった後、でした。また、娘が少しでも熱を出すと、『病院で検査を受けてください』と言われました。小児科に連れていくという意味ではなく、HIVの検査を受けてくれ、という意味でした。露骨な表現ではなかったけれど、娘のHIV 感染が心配なようでした」(レイさん)


HIVについて正しい知識を持っていなかったその保育園ではレイさん自身も心持ちが臆病になり、周囲の母親とほとんど交流ができなかった。


その後、引っ越しに伴い、転園した保育園でもHIV感染を告げた。今度は担当した先生が持病をかかえる子供を持ち、苦労した経験があった。周囲が子供を差別することを嫌い、「お母さんが病気でも子供は関係ないから」と諭されて嬉しかったという。


気持ちにゆとりが生じるとママ友もできた。何人かには病名を伝え、今でもお互いの悩みを相談し合う仲となった。家族に生じた亀裂は幼い娘の笑顔が修復してくれた。


「出産には反対だった両親は娘の顔を見て豹変しました。私はそれまでの確執に負い目があったので、両親が喜んでくれて励みになりました。兄も今では何かと手助けしてくれます」(レイさん)


『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その2 

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