2015/08/11

『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その2

『今も感染と差別は広がり続けている ——エイズ忘れられた病渦—— 』  結婚、恋愛、出産———できるけど、できない その1 の続き


●HIV 陽性者の8割が子供には知らせていない


一方で将来に向けた悩みもある。娘は小さい頃から母親が薬を飲む姿を見続けているが、何の薬かは知らない。


「娘にはHIV感染を知らせていません。以前、私が子宮頸癌を患ったとき、『癌は危ない』とテレビで知った娘はすごくショックを受けて『ママ死んじゃうの?』とばかり尋ねました。HIVは幼い娘にとって非常にデリケートな問題。彼女なりにきちんと考えられる年齢になってから伝えるつもりです」(レイさん)


実際、厚生労働省の研究班が09年に行った「HIV陽性者の生活と社会参加に関する調査」報告書では、「同居者にHIV陽性を知らせているか」という質問に対し、子供と同居している人のうち、「知らせている」は19.4%しかおらず、80.6%が「知らせていない」と回答した。


レイさんは、老若男女にHIV の正確な情報がきちんと伝わっていない社会を憂う。


「子供たちが目にする図書館にあるHIV 関連の本は出版年が古く、エイズがいかに大変かを教える本ばかりです。今エイズは死なない病気になり、健常者と変わらず仕事できて幸せな生活を送れるという大切な情報が伝わっていません。(レイさん)


HIV陽性者の自立支援を行うNPO「ぷれいす東京」の生島嗣代表もこう指摘する。「HIV陽性を子供に伝えない母親の多くは、普段の生活から、“子供に病気を受け入れてもらえる”という自信があり、母子の関係が悪くなることを危惧していません。むしろ、病名を知った子供たちが世間の理解のなさに直面して、傷ついてしまうことを怖れているんです」


HIV陽性者は出産だけでなく、恋愛、結婚にも制約を感じている。


前出の厚労省調査は陽性者に、「HIV感染症をもって生活する上で、自分で制約したり、制約を受けていると感じることがありますか」と聞いた。回答は次の通りだ。


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性生活

「かなり制約あり」56.6%
「少し制約あり」32.1%


恋人との関係や出会い

「かなり制約あり」48.7%
「少し制約あり」29.1%


結婚や子をもつこと

「かなり制約あり」56.6%
「少し制約あり」12%


生島氏が言う。


「別の調査ではHIV陽性者の6割以上がパートナー関係や恋愛関係を押さえていました。陽性者には恋愛を無意識のうちに避けたり、相手には重荷を背負わせたりすることを受け入れられない方が多い。一方で恋愛できないことから、生きるモチベーションを失ってしまう方もいます」



●「死ぬ病気」だった時代のままの教育


正確な知識と情報があればHIV陽性者と健常者はわかり合い、分かち合える。HIV陽性者で50代女性のA子さんは、法律関係の勉強会で60代男性のBさんと知り合った。10年前のことだ。何度か会ううちに高まるBさんの好意に気づいていたが、病気を気にして交際に積極的になれなかった。


一方のBさんは、何事にも消極的で1 日5回、決まった時間にきちんと服薬するA子さんの姿を見ながら、「HIV陽性者では・・・?」との思いを強めていった。


「それからBさんはぷれいす東京にやって来て、HIVに関する勉強を始めました。不当な差別への憤りも感じられたようです。その後、A子さんが病名を告白した時、Bさんは優しく受け止め、彼女を支えることを申し出ました。現在、二人は結婚して一緒に暮らしています」(生島氏)


レイさんのように適切な処置をすればHIV陽性者でも問題なく出産できる。またA子さんのように理解ある男性と結婚して幸せに暮らすケースもある。しかし、先のアンケート結果を見る限り、多くの陽性者は恋愛や結婚、出産といった将来的な希望を抱けていない。


背景には世間の無知、誤解、偏見がある。レイさんが指摘するように、疾病としてのエイズには大きく姿を変えたのに、世間のイメージは昔から変わっていないのだ。この悪癖を打破するには何よりも教育に充実が必要だ。



さらに、日本のHIVは男性間の性交渉での感染が多い。5月末に公表された12年のエイズ発生動向でも新規HIV感染者報告数のうち同性間性的接触によるものが72%を占めた。そのほとんどが男性同性間を感染経路とする。


現在ゲイは日本人男性の3~5%存在するとされる。HIV感染の拡大を防ぐには同性愛などセクシャル・マイノリティーへの理解と啓発が必要不可欠なのだ。



HIVや同性愛について、公立中学の教育現場はどの程度教えているのだろうか。実際に使用されている学研の「中学保健体育教科書」では、エイズの仕組みやコンドームを用いた予防法は紹介されているが、エイズが「死なない病気」になり、多くのHIV陽性者が健康な生活を送っていることや、同性愛についての記述は見当たらない。


これでは無知、偏見、誤解を無くす教育とは言えない。行政はHIVの教育をどのように考えているのか。東京都に聞くと次のように回答した。


「中学校での学習内容は文部科学省の定める学習指導要領に則ったものです。文科省はエイズの発病概念や感染経路を理解し、感染予防法を学ことを求めています。もちろん社会的マイノリティーへの理解は大切ですが、中学校の保健ではエイズの概念を理解し、予防法を学ぶことが原則です」(東京都教育庁指導部)


エイズが登場してから四半世紀が過ぎた。教育現場には「死なない病気」になったことが前提として抜け落ちている。HIV陽性者を苦しめているのは病気そのものよりも偏見である。最新の知見と多様な生き方を認める感性を教育現場に導入する時期ではないだろうか。


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