2013/12/29

こねこのななこちゃん歌になる 東京新聞

クローズアップ現代で紹介されていたななこちゃんが歌になってユーチューブにアップされていたんだね。嬉しくて泣いちゃいました。私もとても良い詩だと思って一年間忘れずにいた。お母さんとお友達の夢がかなうといいなぁ。まち中の小学生、日本中の子ども達が一緒に歌ってくれないかなぁ。


ちょっと ちがう(こねこ ななこ)

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ななこちゃんの記事を掲載した東京新聞をご存じだろうか。私は特報の記者さんに取材を受けたんだけど親身になってくれる良い記者さんだった。東京新聞は大手だけど、こういった市民目線の記事を書いてくれる新聞社なのだ。


前日まで沖縄で取材だったそうで「カメラを忘れた」と言っていた。いつもペンを離さないからなんだろうか。差し出された名刺には指紋がついていた。だから強く印象に残っている。ちょうどその頃「特報」の原発関連の記事が話題になっていた。私が「どうして思い切った記事が掲載できるんですか?」と尋ねたら「東京新聞はあまり広告をのせないから、広告主に気兼ねすることなく市民の声を届けられるんじゃないのかな。書きたい記事を書かせてもらえるからやりがいを感じている」と教えてくれた。社会的弱者の人権を守るためには、やっぱり「利益相反」について考えることが重要なんだと思った。



東京新聞特報部の稲熊均部長が「なぜ゙東京新聞は『脱原発』を貫くのか」の講演で「権力監視の役目」を力説  板垣英憲 ブロゴス より一部転載

「なぜ東京新聞は『脱原発』を貫くのか、それは読者の支持があったからだ。少数意見に耳を傾け、疑問に応えていく基本を守る」「(福島第一原発大事故を)風化させないために、『こちら特報部福島分室』を部内に設けて、記事を掲載し続けたいと思っている」

 講演の後の質疑応答では、多くの聴講者の方々から感想と質問が途切れることなく続いた。福島県南相馬市から埼玉県に避難してきている方の参加もあった。避難してからは、ずっと東京新聞を読み続けていると言い、涙声をこらえて切々と現在の心境を訴え、「今日は東京新聞にお礼を申し上げたくてやってきました」と語る言葉が印象的だった。また「東京新聞の記事には毎日励まされています」といった声も聞かれた。




父の友人の元新聞記者はがんで最近亡くなったばかりだ。新聞記者という職業は家庭を犠牲にしないとやっていけないようなところがある。取材で全国各地を飛び回るからだ。取材対象者とトラブルになることも多いそうだが、守秘義務がある。落ち込んでも誰かに打ち明けることもできなかったりする。お酒を飲まないとやっていられないらしい。夫の知り合いの新聞記者さんもびっくりする量のお酒を毎日飲んでいるそうだ。「そんな生活を続けていたら長生きできないだろうなぁ〜」といつも思ってしまう。


今は労働環境がさらに悪化しているみたい。新聞をとる人が少なくなったからだろう。長い時間をかけて取材もできないみたい。署名記事を一生懸命書いても「マスゴミ」と批判されることもある。最近お子さんができたそうだけど「イクメン」などという言葉とは無縁だ。育児支援のことで取材をしてもらえるのは嬉しいけれど、書いてくれる記者さんの健康と生活がなんだか心配になってしまった・・・。


それからまもなくして記事になった。嬉しくて当日新聞を買いに走った。取材に協力すると送ってもらえる、ということは知っていたんだけど待ちきれなかったのだ。送られてきた新聞には手をつけず今でも大切にとってある。


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父の友人は体をこわして肺がんになってしまった。最後は管理職だったから名士として華やかな付き合いがあったようだ。肩書きがある時はいろいろな人が寄ってきてチヤホヤしていたのに、いざ病気になったら心を許せる相手は結局父だけだったみたい。私はそのことが一番悲しかった。本当は気が小さいからタバコを吸わないとやっていられなかったの。


ちなみに私がブログに何度か書いてきた『どーもの休日♪~しかしなんだね。ガンだって~』を書いておられたのは元NHKの記者さんだ。元記者さんで、末期のすい臓がんということでどうしても父の友人と重なってしまうのだ。


あの時の記者さんはどうしているんだろう?いつまでも元気で良い記事を書いてくれるといいんだけれど・・・。そんな風にななこちゃんの記事を読みながら思った。



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食物アレルギーで急逝 女の子の心 歌に生きる 東京新聞 2013年12月28日


東京都調布市の市立小学校で昨年、給食後に食物アレルギーの発作で亡くなった5年生の女の子が生前に創作した詩が歌となり、インターネットの動画サイトで公開されている。他者との違いを個性と受けとめる子ネコの歌詞が、ユーモラスなメロディーで流れる。今月20日に一周忌を迎え、家族や友だちは「明るく、みんなに愛された彼女らしい歌」と話し、心の支えにしている。 (竹島勇)



 わたしはみんなと
 
ちょっとちがう
 
ちょっとしっぽがみじかいし

ちょっとひげがながい

でもママが

「それでいいのよ」っていってたの



作曲したのは同じ調布市在住のシンガー・ソングライターにしむらなおとさん(49)。絵本や遊びを歌にするイベントを通して女の子や両親と親交があり、通夜にも参列した。そのとき目にしたのが、小四の時に制作した版画作品だった。縦十五センチ、横二十センチほどの大きさで「ちょっと ちがう(こねこ ななこ)」と題した詩とともに、笑顔のネコが描かれていた。


「愛情にあふれた人柄が伝わってきて、温かいものが込み上げた」とにしむらさん。曲を作りたいという衝動に駆られて三日後に両親の承諾を得たが、そのときには、もう曲が出来上がっていた。


両親によると、版画のモデルは「お気に入りの近所の雌ネコだろう」という。詩は自身の食物アレルギーのことを書いたという解釈も可能だが、両親の考えは違う。


女の子は三人姉妹の末っ子で家族の愛情を一身に受けて育った。食物アレルギーで悩んだりせず、いつも学校から帰宅すると「今日も楽しかった」と元気に話す子だった。詩は「ネコに対する素直な愛情表現だろう」と両親はみている。


にしむらさんはこの一年、自身のライブで歌を紹介してきた。動画サイトYou Tubeにも二月に彼女の詩であることには特に触れずにアップした。


女の子の母親は「人生で一番つらい時期でしたが、優しい娘の思いが歌として生きていると感じられ、家族は救われました」と振り返る。折に触れて遊びに来るクラスメートたちにも「歌っていてうれしくなる」と好評で、「踊りを付けてみんなで歌おうよ」と話す子もいるという。


「クラスのみんなも娘の急死がショックだったと思う。歌で心が癒やされるなら、うれしい」と母親は友だちのことをおもんぱかる。そのクラスメートたちも来春には小学校を卒業する。「それまでに、にしむらさんと一緒に歌える機会ができたら、親としてもうれしいですけど」と話している。



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