2014/01/01

あけましておめでとうございます

こねこのななこちゃんが歌になりました。しばらく一番上に掲載します。

ちょっと ちがう(こねこ ななこ)

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東京新聞に掲載されたお母さんの言葉

「クラスのみんなも娘の急死がショックだったと思う。歌で心が癒やされるなら、うれしい」と母親は友だちのことをおもんぱかる。そのクラスメートたちも来春には小学校を卒業する。「それまでに、にしむらさんと一緒に歌える機会ができたら、親としてもうれしいですけど」と話している。


今年はめずらしく朝一番で初詣に行ってきた。すいていたけれどおみくじには長い行列ができていてビックリ。今年一年みんなが幸せで良い年になるといいなぁ。



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私の年賀状はもう少ししたら届くかしら。昨年の夏の選挙で落選してしまった元参議院議員の方に出そうかどうしようか迷った。選挙の直前、メルマガが突然送られてきた。申し込んでいないのにメルマガが送られてくるということは、よほど選挙が苦しいのだと思った。その前の選挙の時も確か倒れて点滴をした、ときいていたから心配になってしまった。


以前、他のある元都議会議員さんが落選する直前、夫に珍しく電話があったそうだ。たぶん、友人として付き合ってきたからだろう。私は選挙の手伝いにいったことが一度だけある。その時、お年寄りの有権者から「駅前で先生に握手をしていただいたが、手を握る力が弱い!」などとクレームがきて「政治家って大変だなぁ」と思ってしまった。


義理の父はある政党の後援会に入っていたので、政治家の方がお葬式の時に来て下さった。ちょうどその頃大臣をしておられたので驚いてしまった。有り難いと思いつつも「大臣って冠婚葬祭に出席することが仕事なんだろうか」と思ったからだ。政治や政治家を批判する人は多いけれど、「お葬式の時に来てくれた」などと個人的な理由で票を入れる有権者の意識だっておかいしんじゃないだろうか。


たぶん、落選した元参議院議員さんはそういったことを変えていきたかったんだろう。普通の会社員の家庭で育って政治家になったそうだ。今でも本当に良い人だと思う。でも、上手くいかなかった。


超低出生体重児の退院後の支援がなくて困っていると知り「予算をつけてあげられるかもしれない」と言っていただいた。嬉しく思ったし、感謝もしているんだけれど・・・。私のように訴えられる母親じゃなく、その後ろの声なき声に耳を傾けるのが、政治家本来の役割であり使命じゃないだろうか。そういうことがわからない、というところが有権者にもみえてしまったんじゃないだろうか。私はやっぱりどこか官僚的で日の当たる場所を歩いて来られたエリートなんだなぁと思ってしまうのだ。


もう少ししたら私の葉書が届くと思うけれど・・・。郵便屋さんは笑っていたんじゃないかしら。新しい住所がわからないから「ごめんなさい。住所がわからなくてこちらに出してしまいました」と書いて議員会館に出した。私だったら正月早々こんな年賀葉書がきたら落ち込むな、と思う一方で落選したからもう葉書も何も送らないというほうが嫌だな、と思ってしまう。私が離れていったのは要職についておられたからなの。


さて、どちらが人として正解なんだろう?道徳の授業だったらどんなふうに先生は教えるんだろう。



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