2015/09/04

厚労省の『拠点病院事業』の問題点 その3 「『がん治療』日本はここまで遅れていた」を引用させいただくにあたって

厚労省の『拠点病院事業』の問題点 その2「子どもの心の診療ネットワーク事業」の不都合な真実 (後編) の続き


「拠点病院事業」が上手くいかない理由を考える時、「がん医療」について書かれた記事を読むとわかりやすい。「がん医療は大人の患者さんが多いから、患者さん達の活動も活発。小児医療よりも速く改善される」とある医師に教えてもらったことがある。


日本のがん治療がすすんでいるとはいえないけれど、それでも小児医療よりも声をあげる人は多い。だから、問題点がみえてくるのだろう。


今年7月、国立国会図書館で医療ジャーナリストの伊藤隼也さんの記事を複写してもらった。先日、記事をファイルに整理していたら、「がん治療」の特集に目がいった。夫は免疫に関わる研究をしてきたし、友人にはがん治療に携わる医師もいるからだ。この週刊文春で2010年の11月からはじまった短期集中連載は、日本の「がん治療」を巡る、様々な問題点がコンパクトにまとめられている。良い特集だと思った。


私には志半ばでがんで亡くなった医師の友人がいる。今年もまた命日がやってくる。自然に彼のことを思い出していた。


友人は免疫学の研究者であるととともに、外科医だった。研究と仕事に打ち込むあまり、気づいた時にはすでに末期だった。


あの頃は「今はいろいろな治療法があるから、何か画期的な治療が受けられるんじゃないか」と思っていた。


近くのお堂でこっそり手をあわせ、よくお祈りをしていた。子どもの頃に読んだ昔話に「願い事は誰にもいったらいけない」とかいてあったことを思い出し、夫にも黙ってお参りした。


ある晩夢の中にその友人が出てきた。ニコニコ笑っているから、私は「すごい!治ったの!よかったね!」と飛び上がって喜んだ。


その翌日、夫に「明日お葬式に行く」と言われた。


頭が真っ白になった。


本当は命日がいつだったか覚えていない。たぶん、今頃、9月の中旬じゃないのかな、と思いつつ、今年もご実家におくるお花を注文する。


もう、15年以上もたつけれど、お花をおくるくらいしか私にできることはないみたい。


文春の集中連載を読んでいたら、あの頃の記憶が蘇ってきた。彼は成績優秀で海外留学も決まっていて婚約者もいた。私はお葬式で婚約者の女性をみた時に、ショックを受け記憶が飛んでしまった。それまで私は、他の誰かのために一生懸命生きている人には、ふさわしい未来が約束されていると信じていたからだ。


私は特集の最終回に心が奪われた。「緩和ケア」について書かれた記事だ。この特集を読むと、患者さんの願いや思いは様々だということがよくわかる。


患者さん一人一人の過ごしてきた生活があり、その延長に『がん』という病があるはずなのに。『がん』だけに焦点を当て、治療に当たることが良いことなのだろうか?『子どもの心の診療ネットワーク事業』の闇は、人の心をベルトコンベアに乗せるように診たから生まれたものだと考えている。


医師や医療機関が『司令塔』になる、という発想に、私はついていけないな・・・。有名人や特定の患者さんや患者会、若い女性や子どもを広告塔にする「啓発活動」なども、息子のよくいう「昭和時代」の発想じゃないのだろうか。昨日、電車に乗ったら、キリンビールの中吊り広告がパッと目に飛び込んできた。昭和の時代にはあたり前のようにあった、若い女性の写真はそこにはもうない。


週刊文春は週刊誌だから、多くの人の目に触れる一方で、いつまでも人の心に残る、ということはないかもしれない。せっかく良い特集なのに。残念に思い、伊藤さんに引用させていただけないかお願いした。


するとすぐに返事をいただいた。嬉しいことに、「全文引用してもいいですよ」と快諾してくださった。


日本のがん医療がよくなるよう、彼は母校の大学病院に帰っていった。天国の友人は今、日本のがん医療をどんな思いで見つめているのだろう。


次回より「告発キャンペーン最終回 『がん治療』日本はここまで遅れていた『緩和ケア』都道府県でこんなに違う!」(週刊文春2010年12月2日)を掲載させていただきます。全文の掲載を快く許可して下さった、医療ジャーナリストの伊藤隼也さんと取材してく下さった週刊文春の皆様にお礼を申し上げます。


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