2015/09/09

厚労省の『拠点病院事業』の問題点 その4 「『がん治療』日本はここまで遅れていた」 「緩和ケア」都道府県でこんなに違う!③

厚労省の『拠点病院事業』の問題点 その4 「『がん治療』日本はここまで遅れていた」 「緩和ケア」都道府県でこんなに違う!② の続き


(※ これは週刊文春、2010年12月2日号に掲載された特集記事です。著者の伊藤隼也さんに許可をいただいて引用させていただきました)


●先進的な緩和ケア施設も





がん拠点病院に指定された都内の大学病院も、まだまだ遅れている。


「緩和ケアチームを初期から治療に介入させようと、システム化の話もあったのですが、『がんと言った途端に緩和ケアを紹介すると、ショックが大きいからやめよう』と立ち消えになりました」(病院関係者)


だが、中には先進的な緩和ケアを実践している地域のがん拠点病院もある。浜松市の聖隷三方原病院には、「F6病棟」と呼ばれる42床のがん専門病棟がある。化学療法、放射線治療といった積極的な治療の患者から、ホスピスではなく一般病棟の雰囲気で終末期医療を受けたいという患者まで、緩和チームが柔軟に対応している。





「F6病棟」のワンフロア情の「外来化学療法」は、山々を臨む雄大な景色を正面に見ながら、抗がん剤治療を受けることが出来る。長いと半日かかるという治療の精神的な負担をやわらげようという配慮だ。





終末期における緩和ケアで独自の取り組みを行うのは、山梨県中央市の有床診療所「玉穂ふれあい診療所」である。平均在院日数が2週間ほどのホスピスで、ほとんどががん患者だ。





長田牧江看護師は、かつて痛みに苦しむ末期患者を救うため、「人さらい」を余儀なくされたことがあるという。ある日、関西の有名総合病院(その後、がん拠点病院に指定された)に入院する31歳の子宮がん末期患者点鈴木理恵さん(仮名)の姉から、助けを求められたのだ。


「妹は牢獄のような部屋で一人苦しんでいます。とてもこのままの状態で妹と別れるのはイヤです」連絡を受けた翌日の朝4時、長田さんらは診療所の救急車を駆って6時間、その病院まで彼女を迎えに行った。


「病室に入って驚いたのは、高い位置に小さな窓があって鉄格子がはめてあったんです」薄暗い病室で、長田さんはなかなか患者の姿を見つけることができなかった。


「痩せ衰えた身体で、隅にあるベッドで布団にくるまれて、ガーゼを口にくわえて『痛いよぉ、痛いよぉ』と呻いているんです」長田さんが「なぜ、看護師さんに痛みを訴えないの」と聞くと、「また痛いの?いい加減居しなさいよ」と責められるのだという。



エレベーターの前には主治医が立ちはだかっていた。「『本当にあんたたちはこの人を連れていくの?』と。『山梨まで行く時間、どうなるか責任持ちませんよ』とも言われました。私達は『いいです。ここの牢獄から出してあげることのほうが大事だと思っています』と言って、エレベーターの前からどいてもらいました」


山梨に連れて帰って、亡くなるまでの2週間、理恵さんは母、姉と診療所の露天風呂に入ったり、婚約者と花火を楽しんだり、その年頃の女性と変わらない生活を送ることができた。


「婚約指輪のサイズを何回も直してもらって。最後はピッタリのものをはめて、逝かれました」


この診療所ではルールらしいルールがない。患者たちは思いのまま過ごす。それはすなわち、思いのままに亡くなるということだ。亡くなる直前まで、ここで会社の定例会議を開いた60代の女性社長。「オレの最後は風呂だ、酒だ」と、看護師の付き添いのもおとで酒を飲んで入浴中に亡くなった料理人。自分が入る墓の前で亡くなった男性。診療所からスナックへ通った男性もいる。



続く



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