2015/10/19

『新型出生前診断』の問題点について その14 週刊文春「あぶない高齢出産」③

(※ これは2012年11月15日に発売された「週刊文春」に掲載された特集記事です。著者の伊藤隼也さんに許可をいただき引用させていただきました)


『新型出生前診断』の問題点について その14 週刊文春「あぶない高齢出産」② の続き


だが本来、この問題の先頭に立つべき厚労省の危機意識は。まったくもって低いといわざるを得ない。


前厚労大臣の小宮山洋子氏は、読売の一報を受けて、8月31日の記者会見でこう話している。<出生前診断は生命倫理を考えても難しい問題。今は日産婦学会が議論をしているので、当面は見守っていく。今後は連携しながら、必要な対応をしていく。


出生前診断については、ガイドラインの発表と臨床試験の導入は同時に発表するべきものだった。しかし、検査の方が先に報道されてしまったので(学会には)早急にガイドラインを策定してほしい>


つまり、厚労省は議論を日産婦学会に丸投げしたのである。当の日産婦学会は、小誌の取材に対し、「進行中の案件につき、お答えできません」と回答するばかりだ。実際には学会内では箝口令が敷かれているという。これほどの危機的状況にありながら幅広く議論を行う気がまったくないのである。


この新型出生診断は、血液を採取するだけで受診できるため、産婦人科だけでなく小児科や内科医でも行える。当然、産婦人科だけでなく、医療界全体で議論されるべき問題なのだ。さらに言えば、医療関係者だけでなく、国民を巻き込んだ幅広い議論が必要な「命の選択」を含む問題である。


一学会の、ほんの一握りの人間が先導しているという、いびつな構造を看過してはならない。


日産婦学会は公にしていませんが、彼らの言い分は “この検査が日本に入ってくるのは不可避であり、これを受け入れるためには出生前診断を受ける母親に対して適切な『遺伝カウンセリング』が必要である。そのために新型の臨床試験を実施すべきだ”というものです。


しかし、現状でも行き届いていない遺伝カウンセリングを、適切に行えるとは到底思えません」(前出・医療関係者)



本来の遺伝カウンセリングとは、検査の前後に、検査の特徴やその影響などの情報を提供し、妊婦や患者などが自らの判断に基づいた選択ができるようにサポートするもの。しかし、現在の遺伝カウンセリング体制は明らかに不十分であると、山梨大学の中込さと子教授が指摘する。


「日産婦学会の主催する検討委員会の考える遺伝カウンセリングとは、検査についての情報だけです。妊娠や出産、産後、あるいは中絶を選択した場合でも、母親が求める限り、最期まで責任を持ってケアをしていくのが本来の周産期のカウンセリングのはずです。これは今までの助産師が果たしてきた役割なのです。それをいきなり検査段階に限定してカウンセラーを導入したとしても、機能するはずないと考えます」


●産んだ先の “出口”が見えない


新型診断が導入されれば、検査結果を知った妊婦には「中絶するか否か」という選択が露骨につきつけられることになる。


しかし、現在の日本の環境では、「産む」という選択を選びにくいと言わざるを得ない。産んだ先の “出口”が親にとって非常に見えづらいのである。現代の日本社会で、ダウン症の子供を産んで育てられるのか。その不安に応えるべき遺伝カウンセラーが出生前診断という一場面にしか関与しないという状況で、妊婦が産まないという選択をしたとしても、その決断を誰も咎めることはできないだろう。


一方、現実には中絶をしたとしても、その後には埋めがたき喪失感が残るのである。筆者はそういったトラウマを抱えた女性たちの話を聞いたが、その忸怩たる思いは生涯消えることはないだろうと感じた。


実際につい最近、出生前診断を受けた41歳の妊婦はこう話した。「検査を受けたのは、不安を抱えて10ヶ月を過ごすことが精神的に辛かったから。技術が無ければ、受けるかどうか、悩むこともなかったと思います。でも分かるのであれば、知りたい。それが本心です。結果的に子供はダウン症ではありませんでしたが正直に申し上げて、ダウン症なら諦めようと思っていたんです。やはり高齢ということもあり、私たちが死んだ後、この子はどうやって生きていくのか。それを考えると、産むという選択は難しかったと思います」


『新型出生前診断』の問題点について その14 週刊文春「あぶない高齢出産」 ④




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