2015/11/02

『新型出生前診断』の問題点について 最後に 『江頭社長は逃げなかった』

『新型出生前診断』の問題点について 最後に 「人命は生産よりも優先するということを、企業全体に要望する」の続き


●ある事件の真相 報道は真実なのか


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〜人生の贈り物〜 一株運動でチッソの社会的責任を問う。 2009年10月26日 朝日新聞

弁護士 後藤孝典(71)

——患者たちも次々に壇上に上がり、江頭社長を取り囲みました。ほかの役員は逃げたそうですね。

彼は逃げなかったんですよね。座り込んでました。興銀から来てるから、ちょっと上からものをみる姿勢ですからね、あの男は。



◇  ◇  ◇  


ある事件の真相をきいてしまった。大きなスキャンダルだ。ショックだったけれど、「やっぱりそうだったのか」と思う気持ちが私にはある。何年も前に匿名の掲示板に書き込みされていたから、ずっと心に引っかかっていた。


私は教えてくれた人に伝えた。事件の渦中にいた人に真実を語って欲しいからだ。チッソの中枢にいながら、企業の責任を認めた細川一医師のように、証言して欲しいのだ。


私はその人の発表など、過去の業績などを調べてみたが、報道されているように悪いことをしているように思えなかった。むしろその反対に、患者さんのために熱心に活動しているように思えてならない。熱心に活動するから、落とし穴に落ちたのだろうかーーーー


この国では沈黙は美徳とされるけれど、家族にとったらそんなことはない。もしかしたら、私のようにいつまでも真実を探し求め続けるかもしれない。私の気持ちが届けばいいんだけれど・・・。


●私が官僚を人前で批判しない理由


さて冒頭で紹介した新聞記事は、私がはじめてシンポジウムに登壇した頃みつけたものだ。2009年11月に、医療ジャーナリストの伊藤隼也さんとご一緒したシンポジウムだ。


『医療崩壊』や『救急医療』をテーマにしたそのシンポジウムの登壇者の中には薬害訴訟を闘った若い女性がいた。彼女はその前の年、衆議院議員選挙に立候補し見事当選したばかり。政権交代の象徴といわれた。


パンフレットに彼女の名前を見つけた時私は動揺し、シンポジウムの主催者に「彼女の姿をみたくない。なるべく遠くの席にして欲しい」とわがままなことをお願いしてしまったほどだ。


私も被害者だ。不条理で辛い目にもたくさんあった。けれど、彼女のように人前で官僚を批判する気になれない。この記事の中で、「あの男は逃げなかった」と弁護士に言われた社長の気持ちもわかる気がするからだ。父が苦労してきた姿を知っているから、逃げないで壇上に立ち続けるのだって覚悟がいるはずだと思う。新聞記事と薬害裁判の原告団の象徴的存在だった彼女を目にした時、胸が苦しくなった。


記事には興味深いことが書かれていた。


『鈴木竹雄っていう商法の学者が東大にいましてね』とあるけれど、その鈴木竹雄氏とは、父がお世話になった鈴木会長のご兄弟のことだ。当時は株主が企業の社会的責任を問うことが当たり前ではなかったようだ。あの時代の市民運動が過激だったのは、それなりに理由があるのだ。この記事を読んだら、三菱重工爆破事件の犯人のような活動家に「帝国主義」と一方的に憎まれた理由がわかる気がした。


現在では、企業の経済活動には利害関係者に対して説明責任があり、説明できなければ社会的容認が得られず、信頼のない企業は持続できないとされる。


私が『子宮頸がん予防ワクチン』のロビー活動と『新型出生前診断』の導入に疑問を持つのは、どちらも利害関係者に対して、説明責任が果たされていないと思うからだ。きちんと情報公開し説明しようとしないから、反対運動が盛り上がっていくのだと思う。


◇  ◇  ◇  


〜人生の贈り物〜 一株運動でチッソの社会的責任を問う。 2009年10月26日 朝日新聞


弁護士 後藤孝典(71)


「水俣への関心は68年から。朝日新聞の記者がきて『とんでもない事件が起きている。患者側に立って何かやる気はないか』と」



——70年から水俣病間者の支援に取り組み、加害企業チッソに対する一株運動を編み出しましたね。


「社長と直接話がしたい」っていう話は患者側からあったんですよ。「直接渡りある場はどこかにないかな」と、ぼんやり考えてて、「ないわけじゃないなあ」と思ったんですね。それが株主総会です。


知り合いが証券会社に勤めてましてね。そこへ行って、35万円くらいだったと思いますけどね、ポケットマネーでとりあえず一万株買った。それを分割して、それから、みんなで話をしようと、そういう順番ですね。東京の「水俣病を告発する会」に提案したら、「やろう」と。非常に早かったですね。


——水俣の現地に入って伝えたら患者たちは喜んだそうですね。各地で一株株主を募りました。


東京と大阪と、すごい人数。5千人を越えたと思いますよ。あのころは、弁護士はぼく一人ですね。ただ東大の大学院の連中がいましたから。運動が面白いから一緒にやろっていう院生が何人も現れてね。


——70年11月28日、チッソの株主総会の大阪厚生年金会館に巡礼装束の患者たちと乗り込みました。発言を封じられたと聞いています。


そうですね。何のために患者が来たのかについて、真摯な検討をしていないんですね、江頭豊社長は。


紙に書いた修正動議を渡そうとしたけれど、そういう状況じゃないんですよ。だから、ぼくは壇の下にいて紙を投げたんです。新聞配達をやっていましたから、シュッと。投げたけれど社長は拾おうとしないわけですよね。


ものすごい喧噪で、ほとんど聞こえないんですけれども、進行順序を見たら、「もう止められない」とわかりますから、「壇上に上がる以外ない」と思ってね。社員たちが中途半端に足を引っ張るから、肩をスパンと蹴飛ばした反動で立ち上がって、議案を持って行ったんですね。


彼はそれもまた無視した。だから目の前に置きました。法的にはちゃんと異議と言ったわけです。


——患者たちも次々に壇上に上がり、江頭社長を取り囲みました。ほかの役員は逃げたそうですね。


彼は逃げなかったんですよね。座り込んでました。興銀から来てるから、ちょっと上からものをみる姿勢ですからね、あの男は。


——この株主総会の議決を取り消しを求めて提訴しました。最高裁で勝ちましたね。あれは一審からストレート勝ちしました。一株運動に批判もあったとか


「株主の立場に立つのは問題だ」とよく言われたんです。間接的であっても、会社が水銀を出すことに関与しちゃうことになる。だけど、そういう矛盾に立つからこそ、一株運動はおもしろいと思うんですね。


鈴木竹雄っていう商法の学者が東大にいましてね。法律雑誌に論文を書きまして、「一株運動は邪道だ」と。「会社の社会的責任まで問うのは株主のあるべき姿を越えている」という内容ですね。


いまから考えると、彼は一株運動を禁ずるための商法の改正に噛んでいたんです。「冗談じゃない」という反論を法律雑誌に書きました。このごろはCSRですか。会社の社会的責任が認められるようになった。あのころ、そんな言葉はなかった。


ききて・田中啓介

(以下略)



◇  ◇  ◇  


続く


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