2015/11/04

『新型出生前診断』の問題点について 最後に 一株運動と『ファア&リーズナブル』前編

『新型出生前診断』の問題点について 最後に 『江頭社長は逃げなかった』 の続き


●『水俣病』を『MINAMATA』に変えた写真家の悲劇


水俣病というと、私は写真家の『ユージン・スミス』氏を思い浮かべる。


私は彼の名前を大人になるまで知らなかった。しかし、子どもの頃にみた、彼のとったたった一枚の写真を鮮明に覚えていたのだ。『ユージン・スミス』とGoogleに打ち込み、画像検索すると、母親と少女の写真が出てくる。母親が、手足が麻痺した少女を、小さな浴槽の中で抱きかかえている写真だ。この一枚の写真が「水俣病を世界に知らしめた」といわれているそうだ。


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私は「ユージン・スミス氏が、真実を伝えようとして失明させられた」という情報をネットで知り、言葉にならないほどのショックを受けた。日本の大企業は学生運動が盛んだった頃、採用過程において、監視や尾行をあたり前のように行っていた、ときいたことがある。あの頃ならば、写真家の命である目を失明させてもおかしくない、と思ったのだ。


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ユージン・スミス: 水俣に捧げた写真家の1100日


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内容紹介
水俣病を世界に告発した写真家の本格評伝

二十世紀を代表する写真界の巨匠、ユージン・スミス(1918-1978)の代表作であり、人生最後のプロジェクトでもあったのが、写真集『MINAMATA』(1975年)でした。なかでも有名なのが、胎児性水俣病患者の娘をいとおしむように胸に抱く母の姿をとらえた「入浴する智子と母」の一枚です。この写真は世界中に衝撃を与え、水俣の公害の実態を海外に知らしめる役割を果たしました。



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ユージン・スミス wikipediaから一部引用


1961年、日立のPR写真撮影のために来日。

1970年、アイリーン・美緒子・スミスと結婚。ともに、チッソが引き起こした水俣病の汚染の実態を写真に撮り、実際に座り込みなどにも参加するなど、世界にその悲劇を伝えた。


1972年1月、千葉県五井にあるチッソの工場を訪問した際、交渉に来た患者や新聞記者たち約20名が多数派労組に暴行を受ける事件が発生する。スミスもカメラを壊された上、脊椎を折られ片目失明の重傷を負う。この事件でスミスは「患者さんたちの怒りや苦しみ、そして悔しさを自分のものとして感じられるようになった」と自らの苦しみを語った。その後『ライフ』1972年6月2日号に「排水管からたれながされる死」を発表し、大きな反響を得た。



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●一株運動と『フェア&リーズナブル』


この他にも「チッソが酷いことをした」というエピソードは今でもネットを検索するとたくさん出てくる。


ところが前回紹介した、「〜人生の贈り物〜 一株運動でチッソの社会的責任を問う」という2009年10月26日に朝日新聞に掲載された翌年の、2010年だった。後藤孝典弁護士がインタビューでおっしゃっていた鈴木竹雄氏の兄弟の、メルシャンの社長の鈴木忠雄氏が亡くなった。もう一度、後藤弁護士の言葉を引用する。


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〜人生の贈り物〜 一株運動でチッソの社会的責任を問う。 2009年10月26日 朝日新聞


鈴木竹雄っていう商法の学者が東大にいましてね。法律雑誌に論文を書きまして、「一株運動は邪道だ」と。「会社の社会的責任まで問うのは株主のあるべき姿を越えている」という内容ですね。


いまから考えると、彼は一株運動を禁ずるための商法の改正に噛んでいたんです。「冗談じゃない」という反論を法律雑誌に書きました。このごろはCSRですか。会社の社会的責任が認められるようになった。あのころ、そんな言葉はなかった。



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法学者鈴木竹雄氏については、ウィキペディアが詳しい。後藤弁護士が名指しで非難しておられたのは理由がある。「家族・親族」の項目をみるとわかるだろう。鈴木会長のご兄弟は、高度成長を牽引してきた大企業の経営者ばかりなのだ。その中には、第二水俣病の原因をつくったとされる『昭和電工』まであるのだ。


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鈴木竹雄 wikipediaより一部引用


鈴木 竹雄(すずき たけお、1905年5月23日 - 1995年12月9日 )は、日本の商法学者。東京大学名誉教授。

家族・親族

鈴木商店(現味の素)第2代社長の鈴木忠治の三男。鈴木商店創業者の2代目鈴木三郎助は伯父。妻は子爵の井上勝純の娘。

兄に三楽オーシャン(現メルシャン)社長・会長を務めた鈴木三千代や、工学博士で昭和電線電纜会長を務めた鈴木松雄。

弟に通商産業省重工業局長等や日揮会長を務めた鈴木義雄や、経済同友会副代表幹事や昭和電工社長・会長を務めた鈴木治雄、三菱重工業副社長や三菱自動車販売(現・三菱自動車工業)社長を務めた鈴木正雄、大蔵省国際金融局長や国際通貨基金理事等を務めた鈴木秀雄がいる。

娘は日本放送協会報道局長やパリ日本文化会館初代館長等を務めた磯村尚徳の妻。慶應義塾大学法学部教授の鈴木千佳子は娘。



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後編に続く



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