2015/11/04

『新型出生前診断』の問題点について 最後に 一株運動と『ファア&リーズナブル』後編

『新型出生前診断』の問題点について 最後に 一株運動と『ファア&リーズナブル』前編 の続き


水俣病を取り上げる報道のほとんどは、今でも、被害者とご家族、あるいはチッソを追求する立場に立つものだ。だから私は誤解したのだと思う。表面的な情報だけしかわからないから、どうしても、護送船団方式のために異論が出ないよう、被害者を泣き寝入りをさせていたように感じてしまうのだろう。


●『フェア』じゃない! 『子宮頸がんワクチン』のロビー活動と『新型出生前診断』の導入


最期に、私が大切に保存している、元メルシャン社長の鈴木忠雄氏について書いた新聞記事をもう一度掲載しよう。批判されている経営者が実際にしてきたことはこういうことだったのだ。 アルジェリア人質事件が起きるまで、私も家族も、父がどのような仕事をしているか、詳しいことは知らされていなかった。


ちなみにこのブログの『天国に届くといいなぁ』というタイトルには、鈴木会長に「ありがとう」と「ごめんなさい」という気持ちを込めてつけた。私が子宮頸がん予防ワクチンのロビー活動と新型出生前診断の導入に反発するのは、もちろん、「『フェア』じゃない」と思っているからだ。


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追想録 世界駆け抜けた気さくな秀才 鈴木忠雄さん (メルシャン元社長) 2010年 10月15日 日経新聞


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世界的なワイン産地、米なナパバレー。その中でも有数の名門ワイナリーに育ったメルシャンのマーカム・ウィニヤーズのブドウ畑で10月中旬、従業員たちが日本に向かい黙とうをささげた。ささやいた言葉は「さようならタッド(忠雄)」。飾らない人柄を誰もが慕っていた。


味の素の創業者の一人、鈴木忠治氏の孫。


(中略)


他の会社は一切受けず、味の素に入ったのが1951年。入社前に受験したロータリークラブの援助による留学生制度に合格していたため、1年目の夏から米国シカゴ郊外のノースウエスタン大学に1年間留学、ここで国際感覚に磨きを掛けた。


この時、もう一人、留学生に選ばれたのが元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんだった。


帰国後は総合食品メーカーを標榜(ひょうぼう)する味の素で、米食品メーカーのCPCインターナショナルと合弁で粉末スープ事業を立ち上げたのをはじめ、マヨネーズ事業への参入の旗ふり役も担った。


1970年代後半、苦境に陥っていたブラジル事業の継続、強化を決断、後の海外部門発展の礎を築いた。


副社長の鈴木氏と、社長在任中にコンビを組んだ歌田勝弘さんは「大変な秀才で国際通」と評し「一方で気取らず男にも女にもよくモテた」と話す。


スープ事業進出時には小売店に出かけ「気さくにあいさつしながら商品棚でハタキをかけていた姿を思い出す」と人柄をしのぶ。


「味の素のプリンス」と言われ続け、社長の最有力候補と目されながら87年に三楽(現メルシャン)の社長に転じた時には業界で様々な憶測を呼んだ。


しかし自らは恬淡(てんたん)とし、「酒屋のおやじ」を自称しながらワインを主軸としたメルシャンの事業拡大に力を注ぐ。


ワインを家庭に普及させるため、一本500円の「ボン・マルシェ」発売も指揮。一方で、87年に米ワイナリーのマーカム・ウィニヤーズ、88年に仏ボルドーのシャトー・レイソンを相次いで買収、メルシャンのワインの品質を高め事業のすそ野を広げた。


買収先のワイナリーの従業員には毎年、B 5判の紙3枚程度に家族を含めた近況を書いたクリスマスカードを送る気遣いを忘れなかった。


座右の銘は「フェア&リーズナブル」。


自分に言い聞かせるように常にこの言葉を繰り返していた。



10月12日没、80歳



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