2015/11/10

その時歴史が動いた『わが会社に非あり ~水俣病と向き合った医師の葛藤~』その4

その時歴史が動いた『わが会社に非あり ~水俣病と向き合った医師の葛藤~』その3 の続き


●昭和31年(1956年)4月21日 5 歳の女の子が運び込まれる


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昭和31年(1956年)4月21日、事件が起こります。5 歳の女の子がチッソ付属病院に担ぎ込まれてきました。


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小児科医からの知らせで駆けつけた細川は驚きます。女の子は全身を痙攣させ、しゃべることもできない状態でした。医師になって22年、ベテランの細川でさえ、これまでみたことがない症状でした。


そのわずか一週間後には、妹が同じ症状で運び込まれてきます。途方にくれる母親が細川に告げました。「同じような病気の人が近所には何人もおります」


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●昭和31年(1956年)5月1日 保健所に『奇病発生報告書』を提出


昭和31年(1956年)5月1日、細川は原因不明の病が発生していることを保健所に報告します。


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手足のしびれ、痙攣や歩行障害、視野狭窄などの症状が報告されました。


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水俣病と向き合い続ける細川の苦悩のはじまりでした。


続く



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