2015/11/13

その時歴史が動いた『わが会社に非あり ~水俣病と向き合った医師の葛藤~』その12

その時歴史が動いた『わが会社に非あり ~水俣病と向き合った医師の葛藤~』その11 の続き


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松平定知アナウンサー

水俣病の原因究明のために、細川一はやむを得ず動物実験をする。その所謂『猫400号実験』の猫に、工場排水を飲ませる。その中に有機水銀が含まれていたということで、これは大変な事実だと工場の幹部のところにいって、報告をいたします。


それを聞いた工場の幹部は公表することはしませんでした。会社は患者さんにお金を渡して、水俣病の解決を図ろうとするわけですね。患者さんにとっては、大変辛い日々が続きます。


やがて、細川一は、会社を辞めて郷里に帰りますが、そんな彼に、水俣病について話す機会が訪れる訳でございます。さあ、それはどのような機会だったのか、彼は何を話したのでしょうか。


●利潤追求に邁進してきた時代のつけ 公害病に苦しむ日本列島


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昭和40年代、高度経済成長は終わりに向かい、利潤追求に邁進してきた時代のつけは、日本各地で吹き出していました。


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四日市では大気汚染、富山では水質・土壌汚染が発生。


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日本列島は公害に侵されていました。


●昭和42(1967)年 公害対策基本法の制定 


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昭和42(1967)年、国は重い腰を上げ、公害対策基本法を制定します。この法律で公害を改善していく責任は企業にあることが明確にされました。


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●昭和44(1969)年  水俣病第一次訴訟


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その翌年昭和43(1968)年、水俣病はチッソの工場排水が原因であると断定。チッソもこれを認めました。沈黙を余儀なくされてきた患者や遺族達はこれを機に立ち上がります。


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●「排水に有機水銀が含まれていることを知らなかった」と主張するチッソ


昭和44(1969)年10月15日、28 世帯112人の患者達がチッソは有機水銀が含まれているのを知っていながら排水を流し、患者を増やし続けたことを訴える裁判を熊本地方裁判所に起しました。


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しかしチッソは排水に有機水銀が含まれていることを当時は知らなかったと主張します。原告側にはこれを覆す有力な証人や物的証拠がなかなか見つかりませんでした。


続く

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