2015/11/19

その時歴史が動いた『わが会社に非あり ~水俣病と向き合った医師の葛藤~』その15

その時歴史が動いた『わが会社に非あり ~水俣病と向き合った医師の葛藤~』その15 


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松平定知アナウンサー

こうやってみますと、細川証言というものは、第一次水俣訴訟の勝訴に非常に大きな影響を与えたという、


水俣病研究会 有馬澄雄さん

そうですね。当時の法律では、なかなか勝てるような状況になかった。だから非常に難しい裁判だったと思います。会社としては、水俣病なんかが起こるなんて、全く予測がつかなかったと言えば、ある意味で済むことですから。


チッソが裁判で主張することが、結局、責任を取ろうとしない。一方で患者の悲惨な状況がありますので、(細川一は)いろいろな事を背負って自分が本当のことを証言しないといけないということで、細川証言が成立したと思います。


松平定知アナウンサー

さあ、有馬さん、歴史を動かしたのは何だったのでしょう?


水俣病研究会 有馬澄雄さん

結局、生産をやって、利潤を追求するんですね。第三者というか、他の人達を傷つけることはできないと、いうようなことを、つまり、人間の生命を守ることは第一義であり、企業の責任を問うことがはっきりしたことが、1つ。


もう1つは、患者さん達はチッソで成り立っているような地域経済の中で、全く孤立していた訳で、それが裁判でハッキリしたことで、表舞台というか、堂々と、自分達が悪いんじゃないということを言えるような立場になられた、ということはあると思います。


松平定知アナウンサー

どうもありがとうございました。


この第一次水俣病訴訟で、患者側の勝訴になったという、これは細川証言が果たした役割は大変多きかった訳でございますが、水俣病の問題は今も続いています。番組の終わりでは、水俣病の現状と、細川一の言葉を紹介しながら、終わりにしたいと思います。


続く


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