2013/11/12

お母さんの気持ち

先月、西日本新聞にお母さんの思いが掲載されていた。一番大切なのはご遺族の気持ちだと思う。私は薬害裁判を闘っているご遺族や自死遺族にお目にかかったことがある。ご遺族の気持ちは時間とともに少しずつ変わっていく。皆さんそのようだ。その時、その時、どんなことを考えておられるのだろうか。


事件や事故が起きたとき報道により当事者の心が傷つく、という被害もある。しかし私は、ご遺族の気持ちを知る手段として、メデイアの果たす役割は大きいと思う。お母さんは、記者さんが第三者だからお話ししたんじゃないのかな。自分自身を振り返ると、私はそういう気持ちで取材に応じてきた。同じように「社会全体が理解を深めて欲しい」と願ってきた。


医療者の間でもこの事故への関心が高い。しかし、お母さんがおっしゃるように、「注射の打ち方をどうするか」の議論になっているような気がする。そういえば私も同じような経験をした。退院後の支援をどうするかじゃなくて、医師の激務をどうするか、医療には限界があるなど、そういった議論にすり替わってしまったのだ。


亡くなった女の子のために何ができるか、お母さんの言葉から考えてみたいと思う。お嬢さんには「人の役に立ちたい」という夢があったそうだ。


メディアの方々も「死を無駄にしたくない」という思いがあるのなら、これらもずっと取材を続けて欲しい。訴えただけでは何も変わらない。つなげようと動く人達が、どれだけ出てくるか、ではないだろうか。



>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>

給食と食物アレルギーを考える(上)
東京・死亡事故の母語る 「理解深め見守りを」ー西日本新聞
2013年10月09日(最終更新 2013年10月09日 14時39分)

【一部引用】

普段おかわりをしない娘が、なぜあの日はしたのだろう。ずっと疑問でした。今年のお盆にやっと納得できました。お参りに来たお友達が教えてくれました。クラスに割り当てられた給食全体をおかわりしながら残さず食べる目標がありました。チヂミは不人気で、おかわりする子が少なかったそうです。「なぜおかわりしたの」とお友達が聞くと、娘は「完食に貢献したかったから」と言ったそうです。常々、人の役に立ちたいと話していた娘らしいと感じました。


 娘は学校給食でショック死しました。でも、食べられないのは乳製品だけで家族と普通に食事を楽しんでいました。だからこそ、娘の事故を機に食物アレルギーに対し過剰な恐怖心が広がるのを心配しています。


 東京都はショック症状を和らげる注射をどのタイミングで打つかなど指針を出しました。万が一の対策は必要ですが、もっとシンプルにどうしたら食べられない食材を口にしないかを考えてほしい。詳しい献立表で担任が確認しないと給食を食べさせないルールづくりをしてほしい。アレルギーの子どもがいる家庭は何に注意しているかというと、注射の打ち方じゃなくて食べてはいけない物を食べさせないという一点に集中している。学校でも保育所でも同じだと思います。


 学校の先生や教育委員会の関係者の方々が責任を感じて対策に乗り出しています。ただ、「この問題は学校がしっかりやります」と背負い込まないでほしい。保護者との情報共有や地域のお医者さんが協力することがあってよいのではないでしょうか。


 私は娘に「あなたが気をつけなさい」と言っていました。アレルギーの子どもがいるお母さんたちだってミスするし、学校の先生や栄養士の方に要求するばかりでは何の解決にもならない。分厚いマニュアルをつくる必要もない。アレルギーは特別なものではない。自分たちの身の回りに存在する普通の問題だということに社会全体が理解を深め、あらゆる大人が子どもを見守るようになってほしい。


 娘には科学者になる夢がありました。人体の構造、地震が起きるメカニズムなどに興味を持っていました。食物アレルギーの仕組みも理解して恐れてはいませんでした。「世の中の役に立つ研究をしたい」と話していました。その夢はもうかないません。


 9月に担任の男性教師が停職1カ月になる処分が出ましたが、重いか軽いか私がコメントすることではありません。憂さを晴らすとかいう話じゃない。娘を失った悲しみは変わりません。つらいことは変わらないし、何も終わりはない。東京都も文部科学省も対策を一生懸命やろうとしている。それを見守りたい気持ちだけです。 


コメント

非公開コメント