2014/01/15

忘れない:世田谷一家殺害事件 遺族を支える女性刑事

こねこのななこちゃんが歌になりました。しばらく一番上に掲載します。

ちょっと ちがう(こねこ ななこ)

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東京新聞に掲載されたお母さんの言葉

「クラスのみんなも娘の急死がショックだったと思う。歌で心が癒やされるなら、うれしい」と母親は友だちのことをおもんぱかる。そのクラスメートたちも来春には小学校を卒業する。「それまでに、にしむらさんと一緒に歌える機会ができたら、親としてもうれしいですけど」と話している。


年末、気になるニュースがあった。世田谷一家殺害事件のご遺族をずっと支えてきた女性刑事さんについてだった。


「悲しみに寄り添う」とか「心のケア」って一般化したけれど、専門家と呼ばれる人はここまでしようとする覚悟があるんだろうか?私は常々そう疑問に思ってきた。あまり表面化しないけれど「心のケア」でのトラブルはたえないからだ。


私は目の見えない方のマラソンの伴走者のような覚悟がないとダメなんじゃないかと思っている。「自分にも出来るんじゃないか」などと気軽に引き受けてしまうと後悔するという。力強さに圧倒され、簡単に振り切られてしまうからだ。「あなたのためしてあげている」なとどいう奢った考えがあると、怪我をさせてしまうこともあるそうだ。


それと同じなんじゃないかな。


だからこの刑事さんを抜擢した上司は、人を見る目がある方なんだろう。心を扱う専門家はなりたい人がなるよりも、なって欲しい人がなった方がいいんじゃないだろうか。報道で凄惨な事件を知るたび、被害者やご遺族はこれからどんなふうに生きていかれるんだろうと思ってきた。どんな悲惨な事件にも、せめて純粋な心で寄り添う人がいればいいなぁ、と思わずにいられない。


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忘れない:世田谷一家殺害事件 遺族を支える女性刑事
毎日新聞 2013年12月29日 



2000年12月に発生した東京都世田谷区の宮沢みきおさん一家4人殺害事件で、遺族の支援などを担当してきた警視庁捜査1課の松森みつ子警部補(59)が来春、定年を迎える。世田谷事件の捜査に加わって11年。癒えぬ悲しみを抱える遺族を、いつも一番近くで励まし、寄り添ってきた。事件は30日で発生から丸13年を迎えるが未解決のままだ。「遺族が知りたいのは4人が殺された理由。その報告を一日も早くしたい」。残り3カ月、全力で捜査にあたる。


 今月12日、松森警部補は、さいたま市にある宮沢さんの母節子さん(82)宅にいた。「来年こそ、こういうポスターを作らなくていいようにと毎年思うんだけど」。情報提供を呼びかける新しいチラシを見せながら複雑な表情を浮かべた。


 節子さんは、事件解決に向けた協力とはいえ、多くの親類や友人が警察に事情を聴かれることに心を痛めてきた。「お父さん(夫良行さん)は『他人に迷惑が掛からないように』とよく言っていたのに」。松森警部補は「逮捕につながるならと、皆さん協力してくれていますよ」といたわるように話した。


 昨年9月、良行さんは病気のため84歳で亡くなった。「4人は宝。早く犯人を捕まえてほしい」が口癖だった。訃報を知り、自宅に駆けつけた松森警部補は「生きている間に逮捕できなくてごめんね」と良行さんの遺体にわびた。


 節子さんが1人暮らしになると、訪問の機会が増えた。「調子はどう」「今日は雨だねえ」。昼ご飯を一緒に食べ、世間話をして夕方まで過ごすこともある。電話では毎日のように話している。節子さんは「一人で食べるよりおいしい。ずっとお付き合いしたい」と感謝する。


 松森警部補は、みきおさんの妻泰子さんの母親のケアも担当していた。2年前に死去した母親は事件当時、みきおさん宅の隣に住み、凄惨(せいさん)な現場の第1発見者となった。「目をつぶると、あの光景が浮かぶの」。そうつぶやいた姿が胸に残る。


 「外に出て季節や風を感じたら、見えるものが変わってくるのでは」と、毎年春に花見に誘った。最初はためらっていたが、5年ほどたったころ、近所の桜を一緒に眺めた。「『本当に久しぶりに見たわ、こんなにきれいな桜』と言ってくれた。あの表情が忘れられない」


1972年4月に警視庁に入った。3年後に刑事になり、窃盗事件などを担当した。転機は新宿署勤務だった01年秋。世田谷事件を担当していた捜査1課長が署長として赴任し、「遺族対応をしてほしい」と誘われた。自信がないと最初は断ったが、何度も説得され、02年4月に1課に移った。


 「遺族がこれほど苦しんでいるとは思いもよらなかった」。それまでは犯人逮捕しか頭になかった。定年後のことは何も決まっていない。ただ、確かなことがある。「何かあった時に頼りになる一人でいられたら」。ずっと遺族のそばにいるつもりだ。【松本惇】



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