2016/04/04

HPVワクチン『ロビー活動』から『薬害裁判』へ 市民を利用し『社会運動』をしてきたのは誰なのか? その3



●『薬害裁判』を生んだのは、メディア戦略やロビー活動の失敗にあるのでは?


私は、上医師が自らの活動を省みることをせず、ひたすらワクチンの有効性をとき、被害者に冷たく接する姿に大変失望している。これが高度な医療を普及させるために必要な、正しいコミュニケーションなのだろうか?


もしもこのまま、本当に、戦後最大の薬害裁判になったらーーーーその原因は、メディア戦略やロビー活動の失敗にあると思っている。


先日、ジャーナリストのお目にかかったのは、裁判が近いことを知っていたからだ。HPVワクチンの導入に関しては、厚労省の責任というより、厚労省は押し切られたと思っている。


質問書にも詳しく記載されているが、何しろ上氏が仲間の「ロハス・メディカル」や「医療ガバナンス学会」を通じ、患者会などを総動員して迫った経緯があるからだ。


●被害者のご家族の言葉 「厚労省には、よくしてもらった」


それに、被害連絡会の何人もの方が私にいっていた。「厚労省には、よくしてもらったと思っている。本当は厚労省の責任を問いたくなかった。でも被害者の中には、困っている人もいる。早期の救済には、こういう方法しかなく、申し訳なく思っている」


この言葉をジャーナリストに伝えたいと思った。


私が伝えたら、お目にかかったジャーナリストも私に言った。「僕はいろいろな省庁を取材するけれど、厚労省はよくやっているほうだと思いますよ」


今回の裁判は、厚労省ばかりが責められたらあまりにも気の毒だ。責任を問われ、首を切られる官僚もおられるかもしれない。


●私が上医師に問いたいこと 「市民を利用した社会運動をしてきたのは、一体誰なんですか?」


以前ブログに掲載したメルマガは上氏が書いたものだ。すでに削除されているけれど、被害者の署名活動を「16歳を利用した社会運動」と非難するのなら、ご自身だって削除してはいけないと思う。


私も利用された市民の一人だと思っている。「市民を利用した社会運動をしてきたのは、一体誰なんですか」と上医師に問いたい。


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絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート  第62回 「子宮頸がんワクチンを考える 第2回 その費用は誰が負担すべきか」配信日:2010-07-28


【予防接種法の改正は要注目 子宮頸がんワクチンが目玉】


私が注目しているのは予防接種法の改正で、論点は子宮頸がん予防ワクチンの取り扱いです。 6月16日の配信で、このワクチンが医学研究の画期的産物であることを紹介しました。長期成績や副作用の詳細については、今後の検証が必要ですが、既に100カ国以上が承認し、多くの専門家が期待を寄せています。 子宮頸がん予防ワクチンの普及を阻害しているのは、5万円程度を要する高額な接種費用です。この費用を誰が負担すべきか、決着がついていません。 私個人としては、命に直結する医療行為は公費で負担すべきであり、子どもを対象とする予防接種の優先順位は高いと考えています。


【子宮頸がん予防ワクチン接種の公費助成推進委員会】


この議論に大きな影響を与えたのが、「子宮頸がん予防ワクチン接種の公費助成推進委員会」です。昨年から議論をはじめ、様々な活動を行っています。共同代表は、女優で子宮頸がん経験者の仁科亜季子さんと、国立がんセンター中央病院院長(当時、現癌研究会顧問)の土屋了介医師です。

(略)

この会は、ワクチン接種費用の公費助成を国に求めるための署名活動を展開し、7月21日に厚労大臣に5万2千筆あまりの署名を届けました。署名の数としては多くはありませんが、国民へ与えた影響力は絶大なものがありました。


【どうやったら国民に伝わるか:仁科明子さんの場合】


その理由は、共同代表の仁科亜季子さん、土屋了介医師が世論形成との仕組みを熟知し、上手くリードしたからです。


まず、仁科亜季子さんです。彼女は1972年にデビューした往年のお嬢様女優です。1970年代、多くの映画で活躍しました。例えば、1977年に公開されヒットした『悪魔の手鞠唄』ではヒロインの大空ゆかり役を演じています。しかしながら、1979年に結婚後、芸能界を引退。1991年に子宮頸がんを発症し、克服しました。その後、1999年に芸能界に復帰しましたが、往年の人気を回復するには至りませんでした。


仁科さんは、今回のキャンペーンを通じ、患者の立場を貫きました。世論に最大の影響力があるのはマスメディアです。社会の木鐸と自称するマスメディアは、弱者の視点から勧善懲悪で単純なストーリーを作ることを好みます。言わば「水戸黄門」の世界です。もっとも、単純化しなければ売れないわけで、これはメディアだけの責任ではありません。今回、仁科さんは患者という弱者を演じることで、メディアの好む絵を作りました。


彼女の凄いところは、今回のキャンペーンを活かして、女優として復活したことです。例えば、新聞への露出が大幅に増えました。2008年まで、大手新聞五紙に彼女の名前が掲載されるのは毎年10回程度で、子宮がん関係は2回くらいでした。露出に変化が生じたのは、子宮頸がん予防ワクチンが発売された2009年です。13の記事に掲載され、12ががん関係でした。2010年は約半年間で26回の記事があり、15回ががん関係です。毎週、何らかの記事が出ていることになります。また、2010年に入り、がんに関する記事も、それ以外の記事も大幅に増えています。


仁科さんは、子宮頸がんを梃子に飛躍した女優とみなすことが可能です。近いうち、仁科亜季子さん主演のドラマや映画が出来るかもしれません。


【女優たちが続いた】


今回のキャンペーンで目立ったのは、彼女のフォロワーが出現したことです。例えば、歌手の森昌子さんは、6月18日の産経新聞で闘病体験を語りました。22日には朝日新聞で女優の洞口依子さんが続きます。お二人とも、自分自身の経験をさらけだし、一般人のとは迫力が違いました。流石、歌手・女優です。


そして、もっとも影響力のあるフォロワーは、参議院選挙に当選した三原じゅん子さんでした。彼女も子宮頸がん経験者です。彼女の訴えはワイドショーなどで繰り返し報道され、新聞を読まない若者たちが問題を認識するきっかけになりました。


今回のケースが面白いのは、中年から壮年の女優にとって、病気体験が再売り出しのきっかけになったことです。団塊の世代ががん年齢に達し、彼らの共感を得たのでしょう。女優にとっても明白なメリットがあったため、協調関係が維持できました。



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