2016/06/13

『牧本事件』 削除された「家電ではなかった使途 」 内部通報者に関する記述を発見 その4

●牧本医師が「我が国を代表する固形腫瘍の専門医」ということも伝えて欲しい!


上医師のシンポジウム「現場からの医療改­革推進協議会」でナビタスクリニックについてお話をする久住英二医師



『集中』が恣意的だと思う理由はもう1つある。


その代表的な具体例がこちらの記事。質問書でも指摘された、医療法人社団鉄医会(ナビタスクリニック)理事長久住英二医師に関するもの。『集中』は牧本医師を執拗に批判する一方で、ロハス・メディカルが都内の公立中学で行っている「いのちの授業」の講師のお一人、久住医師についてはこんな記事を掲載している。(※ 『いのちの授業〜がんを知る』 医療従事者側講師:久住英二医師 患者側講師:「日本にサルコーマセンターを設立する会」代表吉野ゆりえ氏 詳しくは「『牧本事件』と『ロハス・メディカル』 その4」をご覧ください)


◆  ◆  ◆


東京都心で競う「民からの変革」の担い手たち 集中 2012年12月14日
から一部引用


「ベストエフォート型の信託」 


久住氏は血液内科医。開院に当たっては「血液疾患の慢性期医療には不備がある」との問題意識もあった。血液悪性腫瘍全般で考えれば、現実に診る医療機関は少ない。確かに割合としてはまれである。ニーズが高いとはいえない。ただ、病院の血液内科外来は混んでいることが多い。専門医がいないところでは「血小板が少ない患者は診たことがないので、分からない」といわれてしまう患者も少なくない。一次救急も含めて受け皿はそれほどないのが現状だ。


「白血病にかかったことがあります」と言った途端に専門病院を勧められるような対応も多い。その点では精神疾患の患者と似ている。


血液専門医としての専門性を生かしつつ、夜9時までの準夜帯での一次救急には十分な意味がある。では、血液内科の患者はどれほど来ているのか。実はもともとの有病率がそれほどでもないので、あまり来てはいない。だが、血小板が10000くらいまで減っている患者でも入院させることなく外来で治療し、専門病院の負荷を軽減している。


立川のクリニックのウェブサイトの医師紹介コーナーに〈患者のニーズに応じた診療〉との文言がある。似たような表現はほかの医療機関でもときどき見掛けることがある。ナビタス流ではどういう意味合いになるのだろうか。


専門医を取った医師の中には「専門外だから診ない」という人もいる。専門医のもう一つの使い方だ。クリニックを訪れる患者はさまざまだ。「ゲートキーパー」の役割に徹するのであれば、患者を専門医療機関に振り分けるのみ。普段、昼間の病院に行けないからナビタスに来ている患者に「よそに行ってくれ」というのであれば、本来のニーズに応えられていない。専門外の医療についても勉強しながら対応している。医療は「ベストエフォート型の信託」であって、「契約」ではない。久住氏の信念である。



◆  ◆  ◆


開設まもない、一民間クリニックの経営者である『久住氏の信念』を取り上げるのに、牧本医師の業績についてほとんど触れないのはあまりにも不公平。そう思うのは私だけではないはずだ。牧本医師がおおぜいの小児がんの子ども達の『命』を救ってきたことはまぎれもない事実であり、我が国を代表する固形腫瘍の専門医だと伺っている。だから、今も復帰を願う患者さんやご家族も多いのだそう。





●『牧本事件』には本当に取り引きがあったのか 


また、『利益相反』『私的流用』と批判されているけれど、牧本医師は私腹を肥やしたり、権力を握るために不正を行ったわけではないだろう。子どもの命を危険にさらすような不正もしていないだろう。


「国がんと牧本氏の間で『刑事告発はしない代わりに取り調べでは黙秘』との取り引きがあった」「牧本氏の事件については捜査2課が前のめりなのに対し、検察は慎重。贈収賄事件のように「分かりやすい」構図ではないことが大きい」と書いてあるようだけれど、そもそも、内部通告はどのような経緯でもたらされたのだろう?噂されているように、通告がプライベートな理由で行われたから「『事件』にするには無理があった」だけのことかもしれないのだ。


もしも『取り引き』などが事実でなければ、牧本医師だけでなく、患者さんやご家族にも計り知れないダメージを与えたことになる。


●私が『牧本事件』を、冤罪事件のようだと思う理由 皆が「悪いことをした医師だから仕方がない」で、本質をみようとしないから


私が『牧本事件』を冤罪事件のようだと考えてきたのは、牧本医師の苦悩が社会に見えにくいからだ。


牧本医師には現状では、名誉を回復する手段がほとんどない。唯一の道は私達市民、一人一人が気づき、声をあげることぐらい。しかし、牧本医師の私的流用が事実であるために、医療者をはじめほとんどの人達は「悪いことをした医師」で思考停止し素通りしていく。


『集中』が悪質だと思うのは「(通告者を特定して)小児がんと戦う全国の医療者や患者団体、ひいてはこの事件の当事者にとっても本当に良い結果をもたらすだろうか」などと誘導しようとしている点。


善意という名の下に、牧本医師の名誉を回復するわずかなチャンスさえ、握りつぶそうとしているようだ。もしもメディアの持つ暴力性や市民の無知・無理解・無関心までもを計算にいれ、こうした記事が掲載され続けてきたならーーーー


牧本医師が追い込まれた暗闇は、まさに『救いようのない人権侵害』という言葉がぴったりだと思う。


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Re: No title

このたびは私のblogを訪問していただき、また、コメントをありがとうございます。
国立がん研究センターの方なのでしょうか。

返事をすぐに書けないほど、胸が一杯になりました。

先ほど、私のプライバシーがネットで晒されている、と忠告して下さる方がいらっしゃいました。
そういう時に、こうしたコメントをいただいたので、何ともいえないのです。

最近、国立がんセンターで治療を受けた患者さんのご家族にもコメントをいただきました。
その方のメールを読んだ時も、泣いてしまいました。

皆さんそれぞれ、やり切れないというか、消化不良の気持ちを抱えていらっしゃるようですね。
(広い意味では、私もその一人だと思っています)

私はナショナルセンターを批判もしているんですが、牧本先生の講演会の記録、
厚労省に残る、議事録などを読ませていただき、
何度も目頭が熱くなりました。

blogの記事のために、クローズアップ現代を文字におこしたわけじゃないんです。
もともと好きで、「希望のちから」という映画もみました。
ご存じのように、ハーセプチンが世に出るまでのお話です。
この映画も、涙なしではいられませんでした。

海外の出来事かと思っていましたが、
日本にも、こんなに子どものために、
一生懸命な方々が働いていたんだな、と思いました。

私は精神医療で被害を受けた
(正確には、手違いで治療をされた)から考えるんです。

がんのような病をかかえた患者さんは、心も診て欲しい、と思うんじゃないでしょうか。
患者というよりも、一人の人として、診て欲しいということですね。

患者からすると、そうあって欲しいと思ってしまうんですね。

でも、医師だって生活があるし、家族もいらっしゃいます。
できることじゃないですね。

そこを、牧本先生は、越えてしまったんでしょう。

なんでだろうとずっと考えてきました。
今も考えてしまうんですが・・・

「医師は、最後は一人で決断しないといけないから、孤独なんです」と、
息子の歯の治療をして下さる先生が私に言っていました。
お医者さんや研究者しかわからない、悩みや苦しみもあるでしょう。

何かあったのかもしれません。

いつも批判されると、私はいうんです。

「私も子どものがんを治したいと思っているんです。
でも、勉強もできないし、論文も読めないし、医師免許がないからできません。
牧本医師はすべてを失って、そこから這い上がろうとしている。
こういう医師が、もしも立ち直ったら、良い医師になると思う。

どうしても救えない患者さんもいるでしょう?
すべてを失った人にしか言えない言葉やできないことってあると思うのよ」

そういうと、皆黙ってしまいます。
考えてくれるんですね。