2016/06/29

『山本一郎』さんは物事の本質をみて批判しているのか その3 自死遺族の訴え

●精神医療に疑問を持つ自死遺族の訴え


(※ 2015年5月18日に行われた全国自死遺族連絡会が主催した「第4回 自死遺族等の権利保護シンポジウム~改めて自死への差別・偏見を考える~」の記録です)


次はご遺族の講演。昨年の6月に、20代のお嬢さんを亡くしたお母様の講演。


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亡くなる前日、お母さんとメールで言い争いになったそうだ。お母さんはすぐに返信をせず、翌日メールを送ろうと考えたそうだ。しかし、なぜか翌朝、妙に胸騒ぎがして連絡をしたところ、返事がない。急いでお嬢さんのアパートに向かうと、部屋の中にはいない。


「出かけたのか」とホッとしたのも束の間。背中に視線を感じる。振り返ると、クローゼットの中で縊死したお嬢さんの姿が・・・。


やはりお母さんは、お嬢さんが通院していた精神科と薬に疑問を持っておられた。精神科に通院した途端、人格が変わったようなことをおっしゃっておらた。


不動産屋さんをはじめ、アパートのオーナーの対応や、請求される金銭について、いろいろ考えさせられた。タブーにされているから、遺族は二重三重に被害にあうようだ。当日配布された資料の中に、野田正彰先生が『中外日報』に投稿した、「社会の非情な考え」があった。私が下手な文章を書き連ねるより、読んだ人の心に響くと思うので一部引用させていただく。


●平成25年(2013年)4月11日 中外日報 論壇 『自死への差別 故人のみならず遺族にも 社会に非情な考え 宗教界の対応望む』 精神病理学者 野田正彰 


どうして死んだのか、民事上の手続きで書き残されたものや証言等から自殺した人への精神鑑定書を作成するよう頼まれたとき、私は故人に向かって語りかける。どんなに無念な思いを残して亡くなっていったことか、私たちの社会はあなたの苦しみを聞きとる力がなかった、私は少しでも貴方の死の意味を知り伝えます、と手を合わせる。


日本社会は毎年3 万人ほどの老若男女を死に追い込んできた。ところが、故人を苦しめただけでなく、亡くなった後、遺族をさらに追い詰める社会であることを知っておられるだろうか。遺族は故人の思い出を整理しながら、遺失の悲哀に耐えていかなければならない。


同時に経済的な困難にも耐えていかなければならない。精神的にも、社会=経済的にも、二つの喪の仕事をやり遂げなければならない遺族に、私たちの社会はさらに非情な仕打ちを加えている。


(中略:家主や不動産会社からの補償要求に、自死遺族が苦しんでいる事例がいくつか紹介される)


借り主が損耗したものを回復するための費用請求は当然のことであるが、それをはるかに超え、お祓い料、過度のリフォーム費、精神的苦痛への慰謝料、近隣への慰謝料、数年にわたる家賃補償金などが請求されている。これらの法令上の裏付けとなっているのは、国土交通省による賃借契約に当たっての重要事項説明書であり、心理的瑕疵は告知しないといけないことになっている。


自殺は心理的瑕疵であり、告知しなければならず、告知すれば大きな損害が生じるというわけだ。国交省の法令は、自殺は心理的瑕疵とするという最高裁の判例によるとされている。


自殺がなぜ心理的瑕疵なのか。病死や孤独死した場合と、どのように違うのか。ここには死を差別し、自殺を穢れた死とする考えが流れている。


遺族がなぜお祓い料を支払わないといけないのか。一体、何をお祓いし、何を清めているのか。家主や不動産業者は借り手が遠のくことを理由に、過剰な補償を求めているが、それを動機づけているのは彼ら自身の差別や偏見ではないのか。


さらに自殺のあった建物を特別に忌み嫌う人々は、その理由を振り返ってみたことがあるのだろうか。病院に近づくのを恐れず、人の亡くなったベッドや病室で治療を受けることを拒んだり、入院費の減額を請求しないのは何故か。


国交省や裁判所は、自殺をなぜ重要な心理的瑕疵と主張するのか。私たちは切腹や特攻隊の自爆死のような権力の側によって強いられた死を美化しながら、私たちの社会の矛盾が強いた死を差別するのだろうか。


多くの宗教者は葬儀にたずさわっている。とりわけ僧侶は徳川時代からの宗門改め制度により、ほとんどが日本人の葬儀で読経などの重要な役割を果たしてきた。1998年度より2011年度まで14年間、毎年3万人を超す自殺者を出してきた日本社会。自殺された葬儀で読経し、遺族と会話をもたれたお坊さまは少なくないと思われる。


これらの亡くなられた人が、なぜ死ななければならなかったのか。そして遺族はどんな社会的、経済的負荷をかけられているか、関心を持っていただきたい。亡くなられた人への悲苦を想うよりも、自殺を穢れた死とする習慣がどれだけ遺族を苦しめているか、各宗教教団で調べ、それはいけないと教えてほしい。各宗門、全日本仏教会がそれを教えるだけでも、大きな力になるだろう。


遺された遺族への重圧は、借家の場合に尽きるわけではない。自宅で死亡し医師に往診してもらっていなかった場合、検死となる。県によっては、診断書を十数万の死体検案料を即金で要求するところもある。葬儀の後、遺族が子育て支援、奨学金申請、債務整理の相談、労災申請の手続き、法的な相談などを求めても、自死遺族と告げるだけで精神保険福祉センターへ行くように言われ、結局うつ病扱いされると訴えている。


私たちの社会は亡くなった人に対してだけでなく、遺族に対してもあまりにも理不尽である。せめて遺族への負担を少しでも減らすことで、故人に「安らかに」と手を合わせられる社会に変わっていこうではないか。



●『うつ』だから死を選ぶのか?


その他に、細川弁護士と和泉弁護士から労災認定や生命保険における差別、家主からの不当な補償要求などの話が続く。


左から斎藤司法書士 大熊弁護士 細川弁護士 和泉弁護士
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自死した方の精神科受診率が高いせいだからだろうか。様々な社会問題を抱え精神的に追い詰められている人達に精神科の受診をすすめても、逆に自死のリスクが高くなるかもしれない、ということが、法律の専門家の間でも認知されているようだ。


そのため、会場からも、そして精神科医である野田先生からも、「(今さら精神科を受診しないほうがいいというけれど)『うつ病』という診断があれば、『労災認定』が受けられる、としてきたのは、あなた方法律家じゃないですか!」という批判が集中した。私もずっとその矛盾に怒りを感じてきた一人だから、その通りだと思っていた。


●『自殺防止キャンペーン』 製薬企業に責任はないのか?


静岡県富士市のキャンペーンのポスターを見ればよくわかると思う。仕事のストレスを抱え、眠れないほど悩んでいたり、疲れているお父さんに一番必要なことはなんなんだろう?薬を服用すれば問題が解決するのだろうか・・・。


静岡県富士市『パパ、ちゃんと寝てる?』のポスター (野田正彰著 『うつに非ず』より引用)

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ガンバッてるお父さん
二週間以上の不眠は『うつ病』かも



でも、野田先生の追求がどんどん厳しくなり、ボランティアで発言してくださった先生達が少し気の毒になってしまう。


会場からも「先ほどから、精神科や向精神薬が問題だと話が出ているのだから、法律の専門家の先生達も、個人個人の問題で闘わないで、製薬企業を相手に闘えばいいじゃないですか!」という発言が出た。その通りだと皆賛成し、大きな拍手が。


最後に全国自死遺族連絡会代表の田中幸子さんの挨拶で終わりになった。「自死する人は一年間で3万人にもなりました。山のようなグラフがあるでしょう?3万人ていうけれど、一人一人の命でできているグラフなんですよ」という言葉がつきささる。


野田先生がおっしゃるように、自殺防止対策が間違っていたのなら、関わってきた方々はきちんと反省してほしい。そうじゃないと、亡くなった方々は報われないと思った。

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