2016/07/13

深刻化する『ネットいじめ』 どんな方法でも、どんな言葉を使ってもいいのか? その2

●どんな方法でも、どんな言葉でもいいのだろうか?


私が、なぜ「ネットいじめの問題」を取り上げたのかーーー


これは最近息子の通う学校で配られた「いじめ相談窓口」の一覧表。昨年、いじめ相談の窓口から、医療機関の「こころの相談」がなくなったと喜んだけれど、残念ながらまた復活した。


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私にはいじめの被害者が、どうして、医療機関に相談するのかよくわからない。自死遺族の中には、子どものいじめを医療機関に相談したために、「家庭」や「個人」の問題にすり替えられたと訴える方もいらっしゃるからだ。そのため、同級生の脅しや暴力などがなくならず、お子さんは絶望して死を選んだという。


●法務省や文部科学省が行っている人権啓発を、医療機関でも行って欲しい


東京都の場合、相談窓口の中にある医療機関とは、東京都立小児総合医療センター。相談窓口の設置は、文科省や東京都の方針もある。仕方がないか・・・少々がっかりしたけれど、用紙をみてある矛盾に気づく。この用紙は、問題提起をするのに丁度良いかもしれない。


牧本医師に辛辣な批判を繰り返したのは医師。

ワクチンの被害を訴える被害者に向かってツイッターで「醜悪」という言葉を使って批判したのも医師。

そして、週刊金曜日に批判されたジャーナリストは医師免許を持っている。


大人、それも医師免許を持つ方々がこのような騒動をつくっているのだ。


だから私はこの用紙をみた時に、法務省や文部科学省は、いじめ相談の窓口を医療機関に設置するなら、人権啓発を医療機関でも行ってくれればいいのに、と思ってしまった。


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大人が変わらなければ、子どものいじめもなくならない。子どもは私達大人を映す鏡だからだ。


社会に問題提起する時に、あるいは誰かを批判する時に、どんな言葉でも、どんな方法でもいいのだろうか?


そろそろ考える時期に時期にきているだろう。


いつか牧本医師に、手をさしのべる医療者が現れることを願っている。




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