2016/08/12

 『拠点病院の研究者たちには、何もしなくてもカネが降ってくる』は本当か? 国立成育医療研究センターのワークショップに参加して その1

●ワークショップと『小児慢性特定疾病児童成人移行期医療支援モデル事業』


先月の4日外来の看護師さんに声をかけていただき、何が行われるのかわからず参加したワークショップだった。


しかし当日、指定された時間に一階の講堂に行くと、かなり本格的な催しであることが伝わってきた。このワークショップはもしかして・・・


私の頭には『牧本事件』に関するある文書の一節が浮かんだ。上昌広医師がネットで公開していらっしゃる『研究費流用問題』だ。国立成育医療研究センターは、国立がん研究センターと同じ国立高度専門医療研究センターなので、文中の『国がん』を成育に置き換えてもいいだろう。


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そもそも、牧本医師は、巨額の研究費を扱うに相応しい人物だったのか。Pub Medで’Makimoto Atsushi’で検索すると、2002年以降に発表した筆頭、最終著者の英文論文は、それぞれ2報、3報である。貧相な研究業績だ。


しかも、筆頭著者の2報は、米国留学中に経験した症例の報告と、日本癌治療学会誌の総説。最終著者の3報は、国立がん研究センター内に編集部を置くJJCO誌に掲載された2報と、日本小児科学会雑誌に掲載された症例報告である。一流誌への論文掲載はない。臨床医としての評価は兎も角、一億円の研究費を託す人材ではない。研究費の審査に関与した厚労省、審査委員には説明責任がある。


知人の厚労官僚は「問題は厚労省による科研費の恣意的な分配にある」と言う。厚労科研の運用に問題があることは有名だ。例えば、2005年度の第三次対がん総合戦略研究事業では39課題が採択され、22億3千万円が交付された。うち18課題は国がん関係者が主任研究者を務め、17億1千万円(76%)が交付されている。


2009年の民主党への政権交代時、仙谷由人・行政刷新担当大臣(当時)が、国がんの恣意的な運用を厳しく批判した。2010年の独法化に際し、廣橋説雄総長(当時)が理事長に昇格せず、嘉山孝正・山形大学医学部長(当時)が任命された。当時、「嘉山改革」と持て囃された。


しかしながら、実態は変わらなかった。2010年度の同事業では、63課題のうち、29課題で国がん関係者が主任研究者を務めた。総額32億8千万円の予算のうち、19億7千万円(60%)が彼らに交付されている。


なぜ、こんなお手盛りになるのだろうか。それは、厚労科研が厚労省のアリバイとして利用されることが多いからだ。医師不足やドラッグラグなどがメディアで話題になると、厚労省は対策を取らざるをえない。多くの場合、予算を増やし、研究班を立ち上げる。その際、班長は、国がんなど厚労省関連の施設から選出されることが多い。厚労省の意向を忖度して動くからだ。現に、牧本医師が主任研究者として獲得した厚労科研は、臨床試験の基盤整備(2002年)、医師主導治験(2007年)、適応外医薬品の臨床導入(2008年)など、行政課題と関係したものばかりだ。


そもそも、がん難民やドラッグラグの一因は厚労省の失敗にある。ところが、問題が社会問題化すれば、彼らの責任は追及されることなく、厚労省と、その下部組織である国がんが焼け太る構造になっている。


特に、国がんの院長・研究所長などの幹部職は酷い。厚労省が、がんに関する研究事業を行う際には、指定席のごとく研究費が配分される。例えば、2005年度の第三次対がん総合戦略研究事業の採択課題では、国がん研究所長、中央病院長、東病院長などの8人の幹部全員に総額9億1千万円の研究費が交付された。同事業のなかで41%を占める。政権交代後の2010年度には、状況は改善しているが、依然として4人の幹部が総額4億1千万円(同事業の13%)の研究費が交付されている。


管理業務に多忙な彼らが、主任研究者として研究をリードするのは不可能だ。誰かに丸投げするしかない。その際、お裾分けを求めて、学会の重鎮たちが国がん幹部にすり寄る。もし、班員に選ばれれば、研究費が分配される。また、厚労科研の班員に選ばれること自体が、学会内でのステータスとなる。「厚労省の研究班の調査によると・・」という新聞報道をご覧になった方も多いだろう。メディア取材も増えるし、将来的に審議会委員、勲章へと繋がっていく。このように、国がん幹部と班員は、研究費という税金の分配を通じて、持ちつ持たれつの関係となる。典型的なムラ社会だ。


問題は、これだけではない。国がん内部での権力闘争に研究費が使われる。金やポストを配って子分を増やすのは、程度の差こそあれ、どんな組織でも見られる現象だ。


例えば、筆者が国がん在籍当時、垣添忠生総長と土屋了介・中央病院長は不仲だった。牧本医師は、垣添元総長が「間接的」に抜擢したようなものだ。垣添氏は1997年、徳島大学小児科講師を「大抜擢」し、国がんに幹細胞療法室を立ち上げた(この医師は嘉山孝正・前理事長時代に依願退職。嘉山改革の象徴的人事と言われた)。牧本医師は、この医師の徳島大の医局の後輩だ。米国のMDアンダーソンがんセンター留学中に、国がんに呼ばれた。地元徳島では「大抜擢」が話題となった。その後、垣添氏の支援のもと、30歳代半ばで厚労省の研究班の班長となる。当時、「史上、最年少」と言われた。牧本医師は、こうやって厚労科研を獲得していく。研究業績が乏しい牧本医師が恒常的に研究費を獲得できたのは、強い後ろ盾がいたからだ。

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そう、私が参加したワークショップとは、まさに上医師が批判していらした厚生労働省のモデル事業、あるいは拠点病院事業じゃないのだろうか?


厚生労働省のサイトを探すと、やはり!該当する事業の公募が行われ、国立成育医療研究センターの応募が採択されていた。

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平成27年度小児慢性特定疾病児童成人移行期医療支援モデル事業の公募について 厚生労働省
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続く

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