2013/11/15

ブログをはじめた理由

自己紹介は以前書いたけれど、なぜブログをはじめたか書いておこう。


クローズアップ現代「続発するアレルギー事故 学校給食で何が?」では、各地の小学校で行われているアレルギーの授業が紹介されていた。番組をみた時私はちょっと驚いた。「どうして私達のまちでは行われていないんだ」と思ってしまったのだ。なぜなら、食物アレルギーは重度になると子どもと保護者や先生がいくら注意しても防げないからだ。


子どもの幼稚園で、はじめて仲良くなった友達に教えてもらった。幼稚園ではいつもお弁当持参なのだが、行事があるとケータリングのお弁当を皆で食べる機会がある。お弁当づくりから解放されるので私は楽しみだった。ただ、いつもお弁当を注文する注文表に、アレルギーがあるか尋ねる項目があり、気にはなっていた・・・


そのお母さんが言っていた。私達は楽だけれど先生達は本当に大変なんだと。


ある時、アレルギー対応のお弁当を頼んだのに、なぜかアレルギー反応が出てしまったお子さんがいたそうだ。


考えてみれば、幼稚園児は狭いスペースで皆で一緒に食事をする。想定外のことがおきてもおかしくない。隣の子どもが食物アレルギーのお子さんに自分のぶんをあげたのかもしれないし、狭いから偶然入ってしまったのかもしれない。ケータリング会社の責任なのかよくわからない。先生はひたすら謝るしかないだろう。


他のお母さんにも聞いた。卵アレルギーがあってもたまに外食がしたくなる。アレルギーに対応しているレストランに行って、卵の入っていないメニューを頼んだのに、家に帰って発作が出てしまった。レストランに問い合わせると、「いくら洗浄しても、調理器具や食器にはわずかに付着してしまうことがある」と言われたそうだ。


同じことが給食でも起きているのだ。調理スペースが狭ければ、アレルゲンになる食材の汁や粉末がごく微量飛散することもある。いくらアレルギー対策をしても防げない事故もあるだろう。番組の中でも、亡くなった女の子の口に入った粉チーズは「1gにも満たない」と言っていた。重い食物アレルギーがあると、たったそれだけで死に至るのだ。


だから、クローズアップ現代で紹介していたように、子ども達にもアレルギーという病を知ってもらうことが必要じゃないかと思ってきたのだ。お弁当を持参するにしても「一人だけいつもお弁当?どうして?」と思われるだろう。紹介されていた授業では、子供達が小麦粉が食べられないお子さんを気遣い、「調理実習で米粉のホットケーキを作ろう!」と話し合っていた。とてもいい授業。これこそが本当の道徳だとちょっと感動してしまった。


誤解しておられる方もいるが、給食はサービスの一環ではなく食育という教育なのだ。「食物アレルギーの子ども達にもできる限り同じ給食を」というのは文科省の指導なのだ。


私は文科省のメッセージは、それ事態間違っていないと思うし、とてもいいことだと思っている。問題はその運用をどうするかだろう。どこからどこまでが、親の責任で、親ががんばらないといけないのだろうか。食材や調理スペースの確保には、当事者でない人達の理解も必要になってくるだろう。


私は安全委員という委員を小学校でしたことがある。安全といっても、主に交通や事件や事故に関する安全に関して啓発活動を行う。その時、「健康や病気、命に関する安全もあっていいんじゃないでしょうか」と提案したことがある。乳がんで亡くなってしまったお母さんがおられたからだ。あの時は諦めてしまったけれど、もう一度と思った。


印象に残った言葉
宇理須 厚雄 藤田保健衛生大学医学部教授
●アレルギー教育について

この社会には、学校もそうですけれども、いろんな病気のお子さんがいるわけですね。腎臓病、糖尿病、それに食物アレルギー。そういう人たちに、それぞれの食事療法というのが必要なわけです。そういったことを学んでもらうのは、非常にこれは食育の非常に大事な一つだろうというふうに思います。そういったお子さんどうしが、共に生きていくという社会を学んでほしいなと。お互いに助け合ってやっていこうと、これは非常に大切な教育ではないかというふうに思いますけれども。



先生には提案してみた。先生は「私もクローズアップ現代をみました!」とおっしゃっていた。


医療が進歩し以前だったら助からなかった子ども達が学校に通えるようになった。私の子どももその一人だ。だから、もう少し医療と教育が手を結ばないと、同じように亡くなる命もあるんじゃないのかな、と思う。そういう気持ちでブログをはじめた。多くの人達に読んで欲しいというよりも、記録のためだ。


1年後、2年後、どうつながっていくんだろう?天国にとどくとぁいいなぁ、と思う。

コメント

非公開コメント