2017/01/20

学校と予防接種 『学校の役割とは 人権を守り誰に対しても公平であること』

●ある養護教諭の投書 『予防接種の場は学校ではない』 

『Various Topics 2』というブログに、昨年12月23日の東京新聞に掲載された養護教諭の投書が紹介されていた。タイトルは『予防接種の場は学校ではない』。一部を引用させていただく。(詳しい内容は『Various Topics 2』をご覧下さい)

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学校でのワクチン集団接種・海外のインフルエンザ接種事情 Various Topics 2 2016年12月23日
予防接種には副反応もあり、効果も万全ではなく、アレルギー体質や思想信条等で「受けない主義」の方もいます。特に、インフルエンザの場合は、効果は期待できないという専門家もいます。学校や企業の「集団接種」は、希望しない人へも強制する圧力を生み出しかねません。

人権を守り公平な「教育の場」である学校は、予防接種を行う場でないことをご理解いただきたいと思います。予防接種の長所と短所、専門家にも推進派と慎重派、反対派があることを示し、自ら考えを選択できる教育こそが、学校の役割と思います。

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東京新聞は、昨年11月頃から年末にかけ、風疹などの感染症を撲滅するために、企業での集団接種などをすすめる特集を掲載していたようだ。私は購読していないので詳しい経緯を知らないが、どうやら、12月9日に掲載された投書欄には、学校でのインフルエンザの集団接種を望む意見が掲載されたようだ。


東京新聞のWebサイトに11月28日に掲載された特集記事があった。


会社で集団予防接種 仕事休まなくても/職場感染を予防 東京新聞 2016年11月28日 


●養護教諭の意見は、特殊な意見ではない


記事にアクセスすると、集団接種を行っている医師の写真が大きく掲載されている。私はこの医師には見覚えがあった。以前一緒に「ワクチン接種に理解を」というような活動をしていたからだ。


もしも数年前だったら、私が東京新聞に「学校で集団接種をして欲しい」という意見を送ったかもしれないなぁ。


あの時私を引き留めたのは、教員である夫の一言だった。私が「どうしてもっと強く、学生にワクチンを打てといわないの?」と尋ねたら、養護教諭と同じようなことを私に言ったのだ。「学生には自らの考えで選択させなければならない」


夫は超低出生体重児の親だ。その上、免疫の研究にも関わっていた。当然のように、ワクチンはなるべく多くの人が打ったほうがいいと思っている。しかし、そのような考えを持っていても教育の役割は「子ども達にすすめることではない」と言う。


夫だけでなく、息子がお世話になった小学校の校長先生も、同じようなことをおっしゃっていた。子宮頸がんワクチンの被害者の方のブログを読んで心を痛めているそうだ。


日本全国の学校現場の中には、HPVワクチンを強くすすめていたところもあるから、教員の関心も高いのだろうか。


ワクチンには被害がつきものだというが、たとえ被害が希であっても、被害者が教え子だったらーーーーー夫も言っていたが、たぶん教員は皆そう思うのだろう。


HPVワクチンが訴訟に発展したことに関して、教育現場から今まで表だって声を上げる人は少なかった。しかし養護教諭の投書を読んで「もしかしたら」と思った。このような意見が目に見える形で出てきたということは、きっと様々な思いがあるのだろう。


●平成 28 年度全国中学生人権作文コンテスト東京都大会作文委員会賞受賞作品『私の姉』は、HPVワクチンの被害を訴えている


実は昨年末、この投書の他にも、予防接種に関する興味深い出来事があった。私が何度か取り上げてきた中学生人権作文コンテストだ。東京都が撰んだ作文の中に、子宮頸がんワクチンの被害を訴えているものがある。被害者の妹さんが書いたそうだ。(※ 法務省の既定があるため、引用できません。是非アクセスしてご覧下さい)

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平成 28 年度全国中学生人権作文コンテスト東京都大会作文委員会賞受賞作品 私の姉 東京都 中学三年生

現在HPV ワクチン副反応は、医者の間でも対立があり病気として扱われないため、被害を訴える方々は否定的な目で見られることもある。相談できる医者も少ない。被害を訴えるお姉さんだけでなく、作文を書いた妹さん、そしてご家族が、これからどうなっていくのかという恐怖に怯える様子がかかれています
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●インクルーシブ教育には、被害を訴える人も含まれる


投書と人権作文の入賞作を知った時に、私は与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を思い出した。息子の夏休みの宿題は「君死にたまふことなかれ」の暗誦だったからだ。


私は天国の与謝野晶子は、暗誦という宿題を知ったら嘆くと思う。あの時代に女性である与謝野晶子が発表するには、相当の勇気が必要だっただろう。与謝野晶子が私達に伝えたかったのは「君死にたまふことなかれ」そのものではなく、行動したり発言したりする大切さだと思うからだ。


これから文部科学省がすすめようとしているインクルーシブ教育とは、すべてを含むという意味だそうだ。全てには、もちろん被害を訴える方々だって含まれるはず。


私は年末の2つの出来事を知り、なんとなくホッとした。

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