2017/03/20

超低出生体重児に教員は必要だけれど、日本の公教育が素晴らしいとは思えない…

●教員を増やせば、教育の質が向上するという根拠は、どうやって出せばいいのか?

また憂鬱な春休みがやってくる。


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1853年7月、アメリカのペリー提督率いる東インド艦隊4隻がやってきた、神奈川県横須賀市久里浜の海岸


宿題はまた増えそうだ。どう考えても、息子のペースでは間に合わないので、先週の半ばからずっとやり続けている。まだ『春休み』前というのに。なんとかならないのかと思っていたら、フリージャーナリストの前屋毅氏の記事を読んでがっかり。当分この状況は変わりそうにないみたい…。

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間近に迫った全国学力テスト、なぜ順位に血眼になるのか 前屋毅 | フリージャーナリスト 3/16(木) 9:50 一部引用

なぜ、文科省は競争を煽るのだろうか。その大きな原因が、財務省との関係にある。文科省も予算が無くてはやっていけないが、その予算を左右しているのが財務省なのだ。


教員の過重労働が大きな問題になっているが、それを根本的に解決するには教員の数を増やすしかない。そうすれば教員が子どもたちと向き合う時間も増え、教育の質も向上する。それもあって文科省は、教員の数を増やす計画を毎年のようにつくってきた。


これに、財務省は真っ向から反対しつづけている。財務省方針を正当化する仕組みが財政制度審議会(財政審)である。そこでまとめられた2016年度予算についての「予算の編成等に関する建議」を見ると、教員を増やすことが「教育効果に関する明確なエビデンスと、それに基づく必要な基礎・加配定数の配置を科学的に検証した結果を根拠とするものではない」としている。教員を増やしたからといって教育の質が向上するという根拠はない、というわけだ。


昨年8月にも文科省は、2017年度からの10年間で公立小中学校の教員定数を約3万に増やすという計画をまとめた。これに財政審の「2017年度の予算の編成等に関する建議」は、「現在の教育環境である『10クラス当たり約 18人の教職員』を継続する前提で試算すれば、クラス数の減少に伴い、平成 38年度の教職員定数は約 64万人(対平成28年度比企4.9万人、企7.2%)となる」としている。教員を増やすという文科省の方針に対して、財務省は現状維持でいいから5万人近くを減らせるという姿勢なのだ。


こうした状況を変えるには、力関係しかない。それには、成果である。文科省の施策が成功しているという成果を示せば、財務省としても文科省に反対しにくくなる。


しかし困ったことに、教育は短期間で成果を示せるものではない。そもそも成果を示すこと自体がむずかしい。それでも力関係のためには、目に見えるかたちで成果を示すしかない。そのひとつが、全国学力テストである。全国学力テストの成績が上がることは、文科省の施策の正しさを示すことになり、存在感を増すことにもつながり、財務省との力関係を優位にもする。

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●超低出生体重児には教員が必要だけれど、日本の公教育が素晴らしいとは思えない


もっとも私はこちらの記事で、大前研一さんがおっしゃっていることも、その通りだと思っている。今の文科省や教育委員会が子ども達にやらせていることって、与えられたことだけをこなすような感じ。


大前研一氏が斬る「就活」 「新卒一括採用」に国際競争力なし 「就活」が日本をダメにする 伊藤 悟 (Wedge編集部)


●勉強をやらせるのは、超低出生体重児の教育支援のためにエビデンスを出すため 「ウチの子には可能性があるんです!」じゃ何も変わらないから


私が息子に宿題を不本意ながらやらせているのは、超低出生体重児の教育支援のためにエビデンスを出すためだ。「ウチの子には可能性があるんです!」だけじゃ変わらないと思うからだ。こちらの超低出生体重児の成長の記録は、世界中で感動を与えたそうだ。再生回数が物語るように皆が感動するけれど、退院後の生活は茨の道が続く…。変えていかないと、後に続く人たちが大変だ。




大前さんのお子さんのドロップアウトというのは、私の息子の『できない』とは訳が違う。大前さんのように影響力の大きい方の発言ばかり取り上げられると、本当に困る。超低出生体重児や、小児がんのお子さんや、その他の病気や障害を抱えた子供たちとは事情が違う全く違うからだ。


そういう個人的な事情がなければ、私は日本の公教育が素晴らしいと思っていない。


●教育講演の不都合な真実 参加する保護者は『サクラ』ばかり


ただ、日本の公教育が変わらないのは、学校や文科省の責任ではなく、私たち大人のせいでもあると思っている。


例えば、PTAで毎年教育講演を開催するけれど、講演にくる保護者は一人一役の『サクラ』ばかり。『サクラ』がくる教育講演っておかしいと思うし、『サクラ』を集めるくらいなら、講演会をやめ、会費を安くしてもいいだろう。イヤイヤそれより、教育現場が『サクラ』を黙認する姿勢が納得できない。


以前、役員をしていた時に、「やめてもいいんじゃないか」というような提案をしたことがあった。でも皆「そうですね」とは言うものの、結局変わらなかった。


●異論、反論、対案が出ない「道徳授業地区公開講座」


昨年、道徳授業地区公開講座に参加した(一人一役で参加しないといけなかった)時も同じように疑問を感じた。

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平成28年度 道徳授業地区公開講座の開催について 東京都
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「学校・家庭・地域社会が一体となった道徳教育」を目指すというが、『森友学園』の教育のようになったら困る…
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私が一番違和感を覚えたのは、「道徳」の公開講座というのに、参加者から出るのは賛同する意見ばかり。異なる意見が全くでなかったことだった。はじめから、異論が出せないような設定にしたのかもしれない。当日、東京都からいらしたという偉い方を、褒め称えるような雰囲気で、私は非常に居心地が悪かった。まるでどこかの国のようだと思ってしまったからだ。


しかも当日保護者に配られたプリントには、その公開講座が、東京オリンピックと関係があり、「心の改革」を目指しているようなことまで書いてある。


●テロの脅威 話し合いだけでは解決が難しい問題もある


オリンピックといえば、私はどうしてもテロを思い出してしまう。自己紹介にある通り、テロは身近だから。


世界情勢がこれだけ混迷を極めているというのに「話し合いで解決しましょう」というなごやかな雰囲気やまとめ方についていけなかった。よほど手を上げて発言しようとしたけれど、さすがに雰囲気をぶち壊すようなことはできなかった。後日感想を求められたので、「オリンピックを念頭に置くなら、テロなど、話し合いだけでは解決できないこともあると教えて欲しい。『話せばわかる』と逃げなかったら、殺されるかもしれません」と書くのがやっと・・・。


この会に参加して、痛烈に感じた。日本は「多様性を」と口にするが、本当に多様性を、受け入れられるのだろうかーーーー


●もしカナダなら、「先生の意見は、典型的な白人男性の意見ですね」なんて生徒に批判されることも


もしカナダで、同様の会を開催したら、もっと辛辣な意見も飛び交うだろう。例えば「あなたの意見は、典型的な白人男性の意見だ」なんて男性教員が批判されたりする。生まれ育った国や信仰する宗教などによって、「良い」「悪い」の価値観が違うからだ。


異論とか反論がバンバン出されて、議論を深め、一つにまとめていく、という感じではないよね。この日私が感じたのは、日本の教育が、世界から取り残されていくんじゃないか、という危機感だった。


息子が公立中学に通うようになって知ったけれど、最近の公立校には、外国籍のお子さんも明らかに増えている。それも、アジアやブラジルなどでなく、昔はほとんどいなかったような国からのお子さんが。日本はじょじょに国際化が進んでいる。


幕末に一世を風靡した、「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たつた四杯で夜も眠れず」という狂歌を、息子は日本史で習ったばかり。あの狂歌が最近頭から離れない。


そう遠くない日に日本の公教育で、同じようなことが起きるかもしれないから…。

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