2017/03/24

超低出生体重児の教育問題 フォローアップへの不満をブログに書くと、アクセス数が増えるのはなぜ?

●フォローアップへの不満をブログに書くと、アクセス数が増える

たまたま超低出生体重児を育てているお母さんからコメントをいただいたので、フォローアップの問題点についてまとめてみた。


もうすぐ新学期なので注目されているみたい。アクセス数が伸びていく。私はブログランキングに参加していないので、検索して訪ねて来てくださる方がほとんどだろう。もちろん「嫌なことを書く人だ」と思ってみている方もいるだろうが…。


だけどずいぶん変わった。私が訴え始めた頃は医療者からのバッシングがすごかったし、同じ親御さんたちからは「先生たちに悪気はないんだし」ということも言われた。当時は、お世話になった先生や看護師さんに悪いじゃない、という雰囲気があったのだ。でも、24週未満の超低出生体重児が増え、「このままじゃいけない」という時代になったのかもしれない。


●医療に求めていないから訴えているのに、声が社会に出る前にかき消されていく


これがあの時書き込まれた医療者からの意見の一部。





私は、医療者に求めていなかった。私たちが生きていくのは、病院ではなく社会だから、外の世界に声を届けて欲しくて書いた。社会に訴えたつもりだった。やっとの思いで訴えたのに。私は絶望した。


●転送メールを送ってきた医師は、仲間の前でも「あんまり間に受けなくていい」と言うのだろうか?


前回公開した「このお子さんには、障害があるんじゃないですか」という転送メールを送ってきた医師は、周産期医療の特集などでマスコミに頻繁に取り上げられてる。


私はその医師や、所属する病院のNICUを特集した記事をみると、転送メール事件を思い出す。私には「あんまり間に受けなくていい」言ったが、仲間の前ではそういうことは口にしないだろうと思うからだ。


●人類学のような大きな視野でみて欲しい


私は超低出生体重児イコール「知的に遅れがある」というような捉え方は、あまりにも短絡的だと思う。超低出生体重児は大げさにいえば、科学の力によって、新しい人類を送り出しているようなものだと思うからだ。


お世話になった先生のお一人に、京大出身でアフリカのピグミー系集団の研究をしていた人類学の先生がいらした。アフリカの奥地で、ピグミーの方々と寝泊まりし、アカザルを一緒に食べちゃうような現場主義の研究者だった。その先生も医師免許をもっておられた。


最近いつもあの先生を思い出す。超低出生体重児の発達をみていく時には、私は人類学のような大きな視野でみて欲しいと思うからだ。


人の体は本当によくできている。お母さんのお腹の中はやっぱり保育器とは違うんだろう。母胎での一週間を、外の世界で取り戻すには、10年、いや、それ以上の歳月がかかるということじゃないのかな。


超低出生体重児がゆっくり育つって、本当はそれくらい深い意味があるんだと思っている。



●「病気で出席日数が減ると、評価を下げる」のが当然なのに、インクルーシブ教育を目指すという矛盾


だから超低出生体重児を、既存の教育システムの合わせようとすると当然歪みが生じる。もともと日本の教育は、型にあてはめようとする傾向が強いから、超低出生体重児には圧倒的に不利なのだ。「インクルーシブ教育」なんて、この国では無理だと思う。「病気で出席日数が減ると、評価を下げるのが当然」なんだもの。


子どもの命が消えそうな時は、「どんな姿でも生きていれば。命さえ助かれば」と思っていても、今の日本では、それだけでは生きていけない。保健師や医師だって私たちを追い込んでいく現実だってある。それが悪意でなく、善意からきているから、私のように「違う」と言える人が少なかったのだろう。


●新幹線と同じぐらい本当はすごいのに


私は息子が、中学の技術の授業で、新幹線の素晴らしさについて学んだ時にため息が出た。技術の先生は、新幹線が大好きで、新幹線に応用されている、高度な科学技術について詳しく説明してくれたそう。


息子は私ががっかりする理由がわからない「あなたは新幹線と同じぐらい、本当はすごいんだよ」と言ったら、キョトンとしていた。


そうだよね。実感できないよね。


もし私のブログを読んでいるのが、超低出生体重児(特に24週未満)を出産しようか悩んでいる方なら、現実を知ってよく考えて。あなたの周りにいる医療者は、伝えてくれないかもしれないから。

コメント

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またコメントさせていただきます

人類学のような大きな視野で…というのは同感です。
超低出生体重児にはまだ解明出来ていないこともたくさんあるでしょう。知的な遅れ、言語や数の概念への弱さも、なぜ起こるのか?脳の未熟さと言っても、同じ週数でも、超低出生体重児の予後は様々で。
本人の資質や性格、家族構成や環境などいろいろな要素はあるとは聞きました。
脳科学のように、超低出生体重児の子どもたちの発達も研究が進んでほしいと思います。
私は療育を希望していますが、子どもがまだその年齢にも達していませんし、発達検査も出来ていません。
分からないことは勉強しないと落ち着かない性格で、早産児についての論文や医療者の研究発表などもネットから検索して読んでいます。ただあまりポジティブな内容は書かれていませんので、落ち込みます…。
最近は小児の発達について調べながら、子どもと向き合っています。今伸びているところや、今から伸ばすべきところを確認し、発達への働きかけが少しでも出来たらなと思っています。
早産でも発達が順調で、追い付く子どももいれば、
なかなか追い付きにくい子どももいますよね。
でも、必要な援助を、医療の現場や療育任せにしてはいけないのかなと、このブログを読んで感じました。
少しでも私が理解することで、子どもの成長を気付き、ポジティブな反応を返すことが出来ます。
超低出生体重児の育児について、科学的な意見もですが、教育や保育の立場から意見が聞けたら、もっと理解が深まるのかなと感じています。
ブログを拝見していると、ブログ主様の旦那様は運動生理学に携わる方のようで、周りにも様々な分野の知識をお持ちの方がいらっしゃるようで、本当に羨ましいです。

Re: またコメントさせていただきます

返信が遅くなり申し訳ありませんでした。

おっしゃる通り、科学的根拠が子育てにどこまで必要なのか私も疑問を感じてきましたし、そういうことを言いたくてブログを書いてきました。

ただ、発達検診が主に「医療機関」で行われているため、「科学的根拠」があったほうがいいのかな、と思ったんです。なぜなら、息子の検診を担当した医師は「ピアノは絶対音感がつくから、習わせるといい」とすすめたんです。

今でもたまに思い出すのですが、「絶対音感」が、なぜ未熟児の発達にいいのかよくわからないんです。音楽療法のような効果が期待できるから?それとも、楽譜をみて、同時に指先を動かすから、知能の発達に良いから?

ただ、科学的根拠があったとしても、人それぞれだと思いますし、そもそも子どもがピアノが好きじゃないと、嫌になるんじゃないのかな、と思います。私自身、3歳からクラシックピアノを習っていたので、よけいに反発してしまうんです。本当は自分がやりたいから習い始めたのではなく、親が喜ぶから「やりたい」と言っていたような気がするんです。

あと、家に閉じこもってばかりだと、私が嫌ですね。子ども同士のふれあいがなくてもいいから、植物公園でおさんぽの方が、私の気分転換になるかな?と思います。

私は早期教育と早期療育は、似ているようで違うと思うんです。ピアノが好きならある程度の効果はあるんでしょうが。。

私も発達をみる時には、教育者も入って(親も参加して)conferenceのように議論しながらすすめていくのが理想的だと思います。