2017/04/10

超低出生体重児の育児 再び手紙を書いて送る ナショナルセンターは日本全国の子供たちのためにあって欲しい

●私が一番伝えたかったこと 日本全国の子供たちのことを考えて欲しい


『もりか』さんという西日本在住の超低出生体重児のお母様に非公開のコメントをいただき、忘れかけていたことを思い出した。


先日、森本学園の疑惑報道で終戦時の陸軍大臣阿南惟幾について書いた。阿南惟幾は同級生のお祖父様だったからだ。ブログにどの動画を使おうか考えている時に、池上彰さんが終戦までの経緯について詳しく解説している番組をみた。



池上さんが解説しているように、阿南惟幾は1945年(昭和20年)のちょうど今頃、戦争を終わらせるために誕生した鈴木貫太郎内閣の陸軍大臣に就任する。そして終戦記念日の8月15日に自害するのだ。陸軍の暴走を食い止めるために「世紀の自決」の道を選んだといわれている。


1945年(昭和20年)4月というと、日本はかなり追い詰められていた時期だ。3月11 日の東京大空襲で約10 万人の方々が亡くなり、4月にはアメリカ軍が沖縄に上陸した。民間人約9万人を含む約20万人の方々が命を失ったという。


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今も基地問題で揺れる沖縄の思うと、戦争は終わっていないんじゃないかと思ってしまう。


●見えない戦場に、目を向けて欲しい


一年ほど前、私にメールを送ってくださった超低出生体重児のお母様は沖縄の離島に住んでいらした。お子さんに障害が残ることがほぼ確定したため、将来をとても悲観していらした。離島には療育する施設などなく、検査などで病院に行くのも経済的な負担になる。いろいろなことを諦めなくてはいけないそうだ。


私のブログは「超低出生体重児 虐待」という検索ワードで上位に表示される。「超低出生体重児はすべての家庭に育てられるわけではない」ということを書いてきたからだろう。彼女も私のその言葉に、共感してくれたそうだ。


私は沖縄戦のすさまじい攻撃をみながら彼女を思い出していた。彼女の置かれた状況は、見えない戦場だと思うからだ。『もりか』さんの非公開のコメントも私の背中を押した。やっぱり成育に手紙を書こうと思った。


昨年の夏、成育の外来の看護師さんからお電話をいただき、「サマーフェスティバル2016」というワークショップに誘っていただいた。会議室を出る時に、看護師さんにご挨拶をすると私にこのようにおっしゃっていた。


「今日は外来にいらっしゃるほとんどの患者さんのお家にお電話をしたのですが、参加してくださる方が少なくて。どうして参加してくださらないんでしょう?」


あの時本当は、配られたアンケートに記入しようと思ったけれど、スペースが限られているので諦めてしまった。


たぶんその答えは、『もりか』さんや彼女のメールにあるだろう。


簡単にいうと、医療者が良いと思うことと、私たちが求めていることとの間にギャップがある、ということだ。


もともと参加しない患者さんはあまり切実に支援を求めてはいないのかもしれない。何か思うことがあっても、行動を起こすことは必要ないと思っているか、誰かがやってくれればいいと考えているのかもしれない。


問題なのは、コメントを書いてくださったような方々。切実な方は私のように、ワークショップに参加したり、意見など届けている時間や余裕がないだろう。国立成育医療研究センターは、我が国のナショナルセンターだ。本当は、私のような母親じゃなく、こういった方たちの声が届けばいいと思った。


理想かもしれないけれど、子どもの命や健康は、できるだけ平等に、そして格差がなければいいと思う。




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