2017/07/06

NICUと『Englishman In New York』

Sting(スティング)の『Englishman In New York』(イングリッシュマン・イン・ニューヨーク)。私が学生時代から好きな歌だ。


私たちが知らず知らずのうちに持ってしまう固定概念を、少し皮肉を込めて表現しているからだ。でも品があってStingらしい。




I don't take coffee, I take tea, my dear
I like my toast done on one side
And you can hear it in my accent when I talk
I'm an Englishman in New York

See me walking down Fifth Avenue
A walking cane here at my side
I take it everywhere I walk
I'm an Englishman in New York

Oh, I'm an alien, I'm a legal alien
I'm an Englishman in New York
Oh, I'm an alien, I'm a legal alien
I'm an Englishman in New York

If "manners maketh man" as someone said
He's the hero of the day
It takes a man to suffer ignorance and smile
Be yourself no matter what they say

◇  ◇  ◇

コメントをいただいたので書いたけれど、私が今、人一倍健康に気を使い、超低出生体重児(未熟児)で生まれた子どもの勉強をみているのは、「自由」になりたいから。


医療的なケアが必要なければ、一年に一度の検診以外、今ところ第三次救急にお世話になる必要がない。


就学以降の子どもの「発達」を医療機関でみてもらう必要をあまり感じない。子どもが抱える問題が医療の問題から教育へと移っていくからだ。


あともう少しで子どもは小児医療を卒業する。


最近、Stingの『Englishman In New York』の歌詞を思い出す。イングランド出身のスティングが、ニューヨークで感じた違和感と、私が周産期医療に感じた違和感が似ているからだろう。


「合法的なエイリアン」て、私みたい。


ああ、そうか。私は私らしくありたかったんだーーーーー


周産期医療は、私たち母親に「良い母親」を求めているようだ。それが私には息苦しくて仕方がなかった。


まさに私は合法的なエイリアン(外国人)のようだったと思う。


NICUでは、些細なことでも違和感の連続だったから。


例えば、カンガルーケア。私は夫ほど良いことだと思えなかった。


ラッキーなことに、子どもが生まれたNICUには、医療者と母親とで交わされる「交換ノート」がなかった。多くのブログには良いこととして紹介されているけれど、私はもともと女性らしいことが苦手だ。



もし書いて下さいと言われたら、それだけでNICUから足が遠のきそうだ。



子どもが生まれたばかりの頃は、とにかく毎日、疲れて病院に通うのもしんどかった。


でも、無理してでも毎日通わないと、ダメな母親と烙印を押されそうな気がして、せっせと足を運んだ。


NICUに足繁く通わないと、「虐待」の疑いをかけられるかもしれないからだ。


子どものためには、「良い母親でいないといけない」という強迫観念があり、良い母親を演じていたのだろう。


でも本音では私は「自由」になりたかった。


私は私らしくいたかった。


そう遠くない日に、やっとそういう日が来るだろう!


コメント

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すごく共感できます。

自由に…なりたいですね

病院が求める母親じゃないといけない!ってずっと感じていました。
病院や保健所から指示されるから、上の子を保育園に入れなければならないんだ!と思っていました。
でも病院では、未熟児の兄弟が保育園に入ることのリスク、未熟児が風邪を引いた場合のリスク、現実的なことをあまり教えてくれませんでした。
うちの子は毎月、風邪からの喘息様気管支炎で入院しています。以前よりは強くなり、入院しても1週間くらいで退院できるようになってきました。

NICUにいた頃(うちは柴犬飼ってるんですが)肺が悪いし犬はバイ菌がいっぱいだから一緒の部屋はやめてね!今後も犬は飼い続けるつもりなんですか?!
と面倒な看護師から言われたこともあります。分かりますけど言い方もひどい…。

私もカンガルーケアは好きでしたが、ノートのやり取りは嫌いでほとんど書きませんでした。毎日搾乳して持って行き、面会するのがやっと。搾乳も退院近くなると1日1回しか絞らなくなり、体調不良なども重なりやがてほとんど母乳は出なくなりました。精神的に追い詰められた状態で、必死に周りからダメな親だと思われないよう繕っていました。

最近は息子の成長も感じられ、少し気持ちが落ち着いてきました。でも、まだまだ不安はあります。常に異常の早期発見という視点で見守られることに抵抗を感じます。

Re: タイトルなし

こんにちは。お元気そうで、何よりです。

コメントを読んで思い出しました。
ある大きな子ども病院には、アニマルセラピーがないんです。

先進医療を行うのに、なぜ?と思っていたら、
書いてくださったことと同じ理由で却下されたそうです。。

嘘でしょう〜!と思っていたら、多分本当なんですね。

日本の医療は進んでいると思って来ましたが、
この10年ぐらいで、
アジアの中でも存在感が薄くなっている気がします。

ブログに書いたことが、私だけじゃなくて、もしも多くのお母さんが感じていることなら、
それも仕方がないのかもしれませんね。

例えば呼び方一つとっても、、、

海外では、「お母さん」と役割では呼びません。
結婚しても、いつも名前で呼ばれていたので、
NICUに入院した途端、「お母さん」「お母さん」と呼ばれてかなり抵抗がありました。

患者さんの取り違え防止のためにも、
役割じゃなく、名前で呼んだらどうなんだろう?と思ったものです。

そういう些細なことが積み重なって、
医療者と心の距離感ができていった気がします。