2013/11/18

私が訴えるようになったきっかけ

私は超低出生体重児を育てるうえで医療と教育の連携がないことが悩みだった。以前、NHKで、東京都立墨東病院の取り組みが紹介されていた。


NHK福祉 ポータルハートネット 「超低出生体重児の子育て」

超低出生体重児の親に対して積極的にサポートを進めている病院もあります。東京都でも最大級のNICUを持つ東京都立墨東病院では、12年前から母親に対するサポート活動「おたまじゃくしの会」を行っています。この会の特徴は、医師や看護師、臨床心理士なども業務として参加すること。母親と病院スタッフが協力して発行している機関紙は、母親の疑問に対する専門医からの回答や病院への要望など、率直な意見交換の場になってきました。

他にも、親たちがつくるインターネット上のコミュニティや、NICUでの勤務経験がある小児科医がつくった子育て支援の為のネットワーク赤ちゃん成育ネットワークなど、徐々に各地で出来つつあります。しかし、まだまだ十分ではありません。親、医療関係者、自治体、みんなでバックアップできるようなネットワークをつくっていくことが不可欠です。この子たちが安心して育つことのできる環境は、言い換えれば誰もが子育てしやすい環境とも言えるのではないでしょうか。

(2007年4月16日福祉ネットワーク「超低出生体重児 母親の悩みにどう応えるか?」より再構成)


この番組が私に与えた影響はとても大きかった。私が必要としている支援とはちょっと違うと思ったのだ。いかなる困難があろうと、私達が生きていくのは医療機関でなく社会だ。受け入れる社会を変えないと個人では解決できないこともあるんじゃないのかな?支援というと母親同士のお話し会とかカウンセリングとか「心のケア」のようなものばかり。育児に悩むのは個人の「こころ」の問題なのだろうか?


例えば「算数の問題がとけない」という悩みは親同士が話し合って解決できるだろうか。算数についていけないのだから、つまずきの原因がどこにあるのかを見つけ、効果的な教え方を考えたほうがいいじゃないだろうか?それこそ教育の出番じゃないだろうか。子どもの予後は個人差が大きい。Aちゃんが伸びた方法と、B ちゃんは違うかもしれない。


私が必要としているのはやさしい言葉やカウンセリングよりも、正しい知識と的確な教育的指導だった。今の支援は支援者のためのもので、私が制度にあわせるような感じなのだ。一体誰のためのものなんだろうか。


いつまでも医療者に頼っていたら、どのような困難があるのか社会に見えない。見えなければ改善されない。教育現場に理解を求めるといっても、予算も必要になるかもしれないのだ。地方自治体をはじめ政治への働きかけも必要になるだろう。


番組に出演していた大学生ぐらいに成長した元未熟児の女の子の姿に心が痛んだ。速く走れない、勉強がついていけない、などの未熟児特有の問題を抱え学校生活になじめなかったからだ。


番組をみて、子供と親も自分達で社会に居場所をつくっていかないといけないのではないかと思った。私は、女の子と親が努力しなければならないことと、社会が理解し、支援なり譲歩するなりすべきものとをわけないと何も変わらないと思った。しかし、医療者の感想は「発達検診をもっと強化しよう」や、「うちの病院にもこうした取り組みをつくっていこう」だった。


ちょっとまってと思ってしまった。未熟児には運動が苦手な子どもが多いけれどそれはどうしてなんだろう。専門家の中には運動生理学が専門だという人がいないようだけど。


予算がついて支援があるうちはいい。でも今の時代、いつまでも予算を頼っていくのは不安だ。もう少し、親も言うべきことは言い、自分達でできることは自分でやり、自立した方がいいのではないかと思った。


それが訴えるようになったきっかけだった。食物アレルギーの問題も、構造的には同じじゃないのかな。


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