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天国に届くといいなぁ 

自分のすむまちでおきた給食アレルギー死亡事故 できることはないか考えています

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私と水俣病 罪悪感を抱えて生きていくということ

今日は子宮けいがんワクチンの副反応を検討する会議がある。先日の報道ステーションでは、原因はよくわからないが脳に何らかの影響があるかもしれないと伝えていた。昨年の12月25日の信濃毎日では「末梢交換神経に異常か」とあったが。報道ステーション "子宮頸がんワクチン 復活か" とじさん @toji_ による TV 画面 キャプチャ。 togetterまとめsivadさんがツイッターで紹介していた津田敏秀氏の『医学者は公害事件で何をし...
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薬害オンブズパースン会議の記者会見を見て考える 日本の小児医療に足りないもの

薬害オンブズパースン会議がワクチン接種の中止を要望した。記者会見をみてはじめて知ったことがある。子宮頸がん予防ワクチン被害が社会問題化した原因は、厚労省が疫学調査を軽視してきからだそうだ。そもそも副作用を収集するシステムがないし、副反応は必ずでるとわかっているのに、これまで治療など全く考えてこなかったそうだ。2月24日14時から、IWJCh4で中継された「HPVワクチンに関する厚労省審議会の検討結果を批判する意...
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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その7」 二度の救急搬送と赤ちゃんパンダの死因・・・

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その6」 「あなたを一人にしない」という対照的なアメリカの運動 の続き[ 退院後 二度の救急搬送 ]◇  ◇  ◇ 赤ちゃんパンダ死ぬ 上野動物園、肺炎で KyodoNews◇  ◇  ◇  一歳までは新生児科の主治医が引き続き、外来で発達を診てくれた超低出生体重児の母親にとったら、共に困難を乗り越えてきた主治医に会えるのは心強い。肺が弱い超低出生体重児は退院しても感染症との闘い...
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虐待事件 あと何人死んだら変わるのか

学校給食の食物アレルギー対策は再発防止に向け前進している。学校の先生方があれだけがんばっておられるのは、一人の命というものがいかに重いか、ということでもあるだろう。翻って、NICUを退院して実の母親に虐待され死んでいった子ども達の命はどうなんだろう。何人も死んでいったはずだ。私は昨日学校から帰ってきて考えちゃったよ。「天国に届くといいなぁ」というのなら、そういう子ども達のことも忘れずにいないといけない...
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学校の給食アレルギー対策

今日は学校で保健に関する保護者向けの説明会が開かれたので参加した。給食アレルギーへの対応について説明があると手紙に書いてあったからだ。第一印象は、考えている以上に少ない予算でアレルギーに対応しているんだなあ、ということだった。除去食を作るスペースなんて私の家とあまりかわない。使っている調理道具の種類と数も・・・。これで毎日がんばっているんだと思うと、何ともいえない気持ちになってしまった。「死亡事故...
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超低出生体重児と虐待 その2 親の経済が予後を変える?

昨日の続き。食べたがらない超低出生体重児の栄養について考えてみる。私もずっと悩んできたからだ。◇  ◇  ◇子供がお世話になった特定非営利活動法人 「ケンパ・ラーニング・コミュニティ協会」「民族・国籍・宗教・文化・発達・しょうがいさまざまな違いを認め学び合う笑顔の子育てコミュニティです」◇  ◇  ◇昨年11月23日に放送された、クローズアップ現代「高齢者こそ肉を?! ~見過ごされる高齢者の“栄養失調”~」...
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超低出生体重児と虐待

アクセスが多いので、カテゴリーを作りました『超低出生体重児と虐待』『超低出生体重児と虐待』でアクセスが多いページです↓成育の『育児心理科』は、なぜ『ベゲタミン』や『エリミン』を外来患者に処方できたのか? 私の副作用報告を握り潰したのは誰なのか? その1超低出生体重児の就学(教育)問題  『障害名』をつけるのは最後の手段にするべき 教育問題は、教育の専門家で議論して欲しい その1超低出生体重児と虐待 『...
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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その6」 「あなたを一人にしない」という対照的なアメリカの運動

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その5」 一人になった退院の日 の続き[『あなたを一人にしない』というアメリカのピンクリボン運動]若年性乳がんになっちゃった!―ペコの闘病日記(2011/02)藤谷 ペコ商品詳細を見る ある時、アメリカのピンクリボン運動について書かれた新聞記事を読んだ。私は羨ましくなった。告知の時に、「あなたを一人にしない」と言って、かばんにたくさんの情報誌をつめて渡すそうだ。これは大切...
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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その5」 一人になった退院の日

小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その4」 産まれた日 の続き[一人になった退院の日]退院が迫るにつれ、喜びよりも不安が押しよせた。主治医だけなくNICUのスタッフはとても親切だ。天国のようだと思っていた。しかし、退院すれば NICU には二度と戻れない。これまで大勢のスタッフが行っていた世話を、これからは私一人でやっていかなくてはいけない。大丈夫だろうか?いつしか私はほとんど眠れなくなってしまった。◇ ...
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小さく生まれた子供を社会でどう支えるか「その4」 産まれた日

小さく生まれたた子供を社会でどう支えるか「その3」 超低出生体重児の育児とは の続き[産まれた時のこと]ニューズウィーク日本版・新0歳からの教育 2001年4月1日 p.61 「小さな命を技術が救う」2002年7月だった。私は妊娠22週の時に、前置胎盤による出血で家の近くにある病院に入院していた。ついこの間、妊娠しているということがわかり喜んでいたら、出血・・・。分娩予約をしようと訪れた病院で、「今すぐ入院しないとダ...
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Author : サクラ47

2002年に手のひらにのるほど小さな男の子を出産しました。それから11年。医療と教育がもっと連携できないか試行錯誤してきました。コマーシャリズムとどう付き合うか悩み、一時挫折。もう一度がんばってみようと思うようになり、ブログをはじめました。

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2002年に手のひらにのるほど小さな男の子を出産しました。それから11年。医療と教育がもっと連携できないか試行錯誤してきました。コマーシャリズムとどう付き合うか悩み、一時挫折。もう一度がんばってみようと思うようになり、ブログをはじめました。

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