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なぜ、 『こころのケア』が「お断り」と言われるようになったのか その1 『阪神淡路大震災』と『地下鉄サリン事件』

●PTSD治療の権威がPTSDの患者さんを難聴になる程殴った事件は、意外と知られていない?


NHKの『透明なゆりかご』と国立成育医療研究センター 【その2】  PTSD治療の権威が起こした暴力事件 へのアクセス数がとても多い。


PTSD治療の権威が、PTSDの患者さんを、難聴になる程殴った事件は、意外と知られていないようだ。しかも、事件を起こした精神科医は、日本トラウマティック・ストレス学会の元学会長で、国立成育医療研究センターのこころの診療部の責任者、奥山眞紀子医師の共同研究者(※ 事件を起こした医師が主任研究者で奥山氏は分担研究者)だった。ドラマの影響で、注目する方も増えているのだろう。


私は彼らがこの事件を不問に付した時点で、『こころのケア』を信じていない。


●2009年に『こころのケアは必要ない』と言ったらバッシングされたが、今では普通に受け入れられる


これは、こころのケア お断り のグーグルの検索結果だ。


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私が医療系メルマガに「私が必要なのは、こころの専門家ではない」という手記を書いたのが2009年の終わりだった。その後、2011年に起きた東日本大震災では、各地の避難所に「心のケア、お断り」という張り紙が張り出されたと報道された。


私が手記を書いた当時、私の他に「うんざりしています」みたいなことを堂々という人はいないから、私は医療者と思われる人たちから猛バッシングされた。しかし世の中には、当事者にならないとわからないことがあるのだろう。その後立て続けに自然災害が起きたことで、「親切の押し売りはやめて欲しい」というような意見は珍しくもなんともなくなった。


●1995年(平成7年) 「阪神淡路大震災」と「地下鉄サリン事件」が立て続けに起きたことで、PTSD(外傷後ストレス障害)に社会的関心が高まる


日本で心のケアの必要性が叫ばれ出したのは、1995年(平成7年)だろう。何しろこの年は、1月17日に「阪神淡路大震災」という巨大地震が発生し、3月20日には「地下鉄サリン事件」という世界を震撼させるテロ事件が立て続けに起きている。PTSD(外傷後ストレス障害)に社会的関心が集まったのは自然な流れだったのだろう。


それでは1995年から、この20年間に、どのような出来事があったのか時系列に並べてみよう。


これは地下鉄サリン事件後に報道された報道番組だ。PTSD(外傷後ストレス障害)に悩む被害者の方々、治療やケアに当たる専門家へのインタビューが収められている。この報道を観れば分かるように、日本でPTSD(外傷後ストレス障害)という言葉が広まったのは、1995年(平成7年)だろう。




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もちろん日本には、それ以前にも災害はあったし、第二次世界大戦など大きな戦争も経験している。それまでの日本でPTSD(外傷後ストレス障害)が、さほど重視されなかったのは、皆が同じように貧しく、同じような悩みを抱えて生きていたからだと言われている。まぁ、良くも悪くも報道には、「私はPTSDかもしれない」という人を増やす力があるのだろう。


続く

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Author : サクラ47

2002年に手のひらにのるほど小さな男の子を出産しました。それから11年。医療と教育がもっと連携できないか試行錯誤してきました。コマーシャリズムとどう付き合うか悩み、一時挫折。もう一度がんばってみようと思うようになり、ブログをはじめました。

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