FC2ブログ

天国に届くといいなぁ 

自分のすむまちでおきた給食アレルギー死亡事故 できることはないか考えています

0

東洋経済の『精神医療を問う』 成育が進める『須坂モデル』は『医療保護入院』の闇を放置するのか?

●成育の育児心理科 育児支援なのに、私に逆らったから『精神障害者』


前回は、子どもを引き離されたパパの悲劇だったが、


ママたちの悲劇ももちろん看過したらいけないと思う。


精神科でトラブルが多いのは、科学的根拠でなく、


精神科医の主観や思い込みで、患者を拘束したり、


副作用の強い薬を投薬できてしまうからだ
と思う。


DSM-5の精神医学診断に科学的根拠なし|医療ニュース|Medical 2019/07/24

精神障害に関する世界共通の診断用語と分類基準を提供する目的で作成された『精神疾患の分類と診断の手引き第5版(DSM-5)』に対して、「科学的根拠がない」とする否定的な見解が示された。




東洋経済が『精神医療を問う』という連載を開始し、ネットで話題を集めている。


第一弾は、私にも関係する育児支援。


私も今から 15年ほど前、新規設立されてまもない、


日本のナショナルセンター、国立成育研究センターの『こころの診療部』(育児心理科)で知らない間に『統合失調症』にされた。


成育の『育児心理科』は、なぜ『ベゲタミン』や『エリミン』を外来患者に処方できたのか? 私の副作用報告を握り潰したのは誰なのか? その1




私の主治医だった育児心理科医長も、私を『統合失調症』にした理由を、


『医師の私に逆らったから』と言っていた。


証拠のメモと録音
2018-1-28-1.png

2018-11-3.png




家族に言っても、最初は信じてくれなかった。


「あの成育が、そんなことをするはずがない」


と取りつく島もない。


でも私が本当なんだとなんども訴えたら夫はボイスレコーダーを渡して、


「証拠を持ってこい」と言う。


仕方がないからカバンに忍ばせドキドキしながら録音した。


私は、育児心理科医長の前で演技をして、メモを書かせたのだ。


メモをみた夫は言葉を失い、育児心理科医長に電話をしたが、


「話がまるで通じない」と匙を投げてしまった。


●NHKの女性ディレクター 『成育は、精神科病棟がないから、ラッキーでしたね』

2012年、NHKの女性ディレクターに、渋谷の駅ビルで取材を受けた。


彼女は、私はラッキーなケースだと言った。


その理由は、成育に『精神科病棟』がないからだと言う。


もし成育じゃなかったら、あなたは保護観察室に入れられ、拘束され、鎮静させれ、閉鎖病棟に入院させられていたかもしれない。


夫や家族が、育児心理科医長を信じたら、簡単にできる。


最悪なのは、パートナーが別れたがっている場合です。


電気ショックを受けさせられ、廃人のようになっていたかもしれない、



本当にラッキーでしたね、と言った。


その若い女性ディレクターは、精神医療の取材を通して、廃人のようになってしまった患者を、もう、何人も見てきたそうだ。


●『困っているから』という漠然とした理由で、障害名をつけることは、良いことなのか?

今、発達が遅い超低出生体重児を、『困っているから』という漠然とした理由で、


『発達障害』などの障害名をつけて支援する動きが活発だ。


でも私は、抵抗がある。日本の精神医療のマイナスの面を知らないから、皆、抵抗を感じないんだと思う。


精神科は敷居が低くなったけれど、今でも差別や偏見があるからだ。


誰もが運が悪ければ、坂道を転がるように泥沼にはまっていくかもしれない。


実際に、東洋経済の記事のコメントには、


「患者の話が本当かわからない」「この女性はおかしいから信用できない」


という意見がたくさん書き込んであるでしょう?


『精神障害』という診断名がつくと、世間はこういう目で見るのだ。


あなたや、あなたのお子さんが、いくら本当のことを言っても、


誰も信じてくれないかもしれないし、誰も助けてくれないかもしれない。


●成育で、虐待冤罪をかけられ児相に子どもを送致された被害者のブログ

これは、同じ成育で虐待の疑いをかけられ、子どもを児相に送致された男性被害者のブログ。実際に起きた虐待冤罪事件だ。役所も保健師も、気軽に精神科に繋げるけれど、いざ問題が起きた時には助けてくれない。男性は無実を訴え、国会議員に陳情するが、「児相を動かすのは難しい」と断られている。


親心日記(人として、親として、父として) 4年半前の息子の記録①

これは僕が体験した虐待の冤罪から息子を児童相談所に保護され、苦しみながらも前向きに進み、奇跡的な短期間で息子を取り返した実話を忠実に記録したものです。




このようなことが起きる最大の理由は性善説で成り立っているからだろう。行政や児相、精神病院などが密接に結びつき、一度放り込まれたら容易に抜け出せない仕組みになっているのだ。


生活保護と行政の癒着の問題はこちら
告発スクープ!狙われた税金 医療費の『闇』 生活保護を食い物に フジテレビ『みんなのニュース』 2015 年7月23日放送 その1




私も成育にカルテの開示をしたけれど、このように肝心な部分は黒塗り。


2015-6-25.jpg


●国会議員向けの勉強会 ドイツでは、人権侵害を防ぐために、裁判所の許可が必要

昨年、議員会館で行われた勉強会に参加した時に、ドイツ人研究者が言っていた。


ドイツでは『医療保護入院』は、裁判所の許可がないと認められないそうだ。ドイツの精神医学が、ナチスドイツと共に歩んできた反省からなのだそう。


だからコメント欄で被害を訴えている女性と東洋経済を批判している人たちは、世界のスタンダードを知らないんだと思う。


要するに、医師や病院そして行政も法律にのっとって、手続きをしていない、ということが問題なのだ。


その人が、どんな理由で理不尽な行動をしているかなんて、簡単にはわからない。


まして精神科には、正しい診断法があるとはいえないんだから。


●生きている被害者は、声を上げて欲しい

東洋経済では、取材を継続しているそうなので、


【東洋経済オンライン】「精神医療を問う」情報提供フォーム




心当たりがある方は、是非、情報提供してください。




精神病院に4年閉じ込められた彼女の壮絶体験 「入院は社会的制裁、市役所も児相も同意」 東洋経済オンライン 2020年01月28日

風間 直樹 : 東洋経済 調査報道部長 / 井艸 恵美 : 東洋経済 記者

「2度とここから出られないと…」

世間では正月休みが明けたばかりの、1月6日午前10時。米田恵子さん(42歳)は東京都八王子市にある精神科病院「多摩病院」(持田政彦院長)から退院した。2016年2月の入院から、すでに4年近くの歳月が流れていた。

「まだ夢を見ているような感じで、日常のささいなことがすごく幸せです」

退院から10日ほどたった1月半ば。取材に応じた米田さんは、そう笑顔で話した。病院では週に1度しか食べられなかった好物の麺類を好きなときに食べたり、少し夜更かしをしてテレビを見たりすることに、幸せを覚える日々だという。「何よりいちばんの幸せは、家族や友人と自由に連絡が取れることです」。

「逆に今のほうが本当は夢で、目が覚めたらやっぱり現実は閉鎖病棟内のままだった、と想像すると、怖くなって泣き出しそうになります。入院しているときは外で生活しているイメージがまったくできなくて、声を上げても誰も助けてくれず、2度とここから出られないと思ったこともありましたから」

米田さんはそう振り返ったあと、語気を強める。

「この4年間、家族とは面会はおろか、声を聞くことすらかないませんでした。入院当時、中学1年生だった次男は今では高校生。すっかり声変わりしていて成長がうれしい半面、一緒にいられなかった悲しみもあります。人生の貴重な時間を奪った病院のことは、決して許せません」

30代から40代にかけての、この4年間。米田さんが長期入院を余儀なくされた背景にはいったい何があったのか。

米田さんには男の子2人、女の子5人の計7人の子どもがいた。そのうち長女と次女は離婚した夫が親権を有している。2013年1月、地元の八王子児童相談所は、生後数ヵ月の四女を保護した。米田さんがうつ傾向にあり、一時パニック障害を生じ通院していたことから養育が難しいと判断したとみられる。その数日後、四女が救急搬送された病院で急死したと児相職員から告げられた。「乳児突然死」だった。

入院の前年である2015年、彼女にとってショッキングな出来事が相次いだ。1月には生まれたばかりの五女が、ついで9月には三女が、八王子児相に保護されていった。つまり米田さんにとってみれば、その保護下で四女を亡くした児相に、三女と五女も奪われたことになる。

「娘のなかでも、一番長くママをさせてくれた三女が、小学2年生のかわいい盛りに奪われたショックは言葉にできません。このとき以来、自分を責め精神的に追い詰められてしまいました」

その結果、精神安定剤などをオーバードーズ(大量服薬)したことで、2016年2月に多摩病院へ入院することになった。

「あなたのことを信用していません」

「入院当初はすぐに退院できるものだと思っていました」

米田さんは入院から数カ月後には、作業療法のプログラムに参加するなど順調に体調を戻していた。通常はそこから、院内散歩、院外散歩、そして外出、外泊へと少しずつ行動領域を広げ、3カ月程度で退院する患者が多かったためだ。ところが同時期に院内の関係者間で開かれた「退院支援委員会」に出席した彼女は、主治医の言葉に耳を疑った。

「何でも自分の思うとおりになると思わないでください。私はあなたのことを信用していません」

後日、手元に届いた通知には、退院の見通しが立つまで、まだ1年近くかかると記されており、院内散歩すら認められなかった。思った以上に長い入院計画に驚いたのは、入院に同意した米田さんの妹も同様だった。「せいぜい1~2カ月だろうと思ったのでサインしたのに、まさかこんなに長くなるとは思わなかった」。

入院からほぼ1年経つころ、妹は面談した主治医からこう告げられた。「お姉さんの入院は社会的制裁です。退院するとあなたや社会に迷惑をかけることになる。市役所も児童相談所もこれに同意しています」。

この主治医が米田さんに付けた診断名は「パーソナリティ障害」。実際、主治医からはたびたび、「あなたはほかの患者を支配する『操作性』がある」と指摘されていた。

「統合失調症や認知症の人のなかには、相手との意思疎通や自己主張がうまくできない人がいます。私は病院スタッフの代わりに相談に乗ったり、病院への不満も聞いてそれを伝えたりする役も担っていたので、それが操作的とみられたのかも」。米田さんに思い当たる節は、それしかないという。

「そもそもパーソナリティ障害では通常は入院の適応とはならない。よほど社会的不適応性が大きいとすれば別だが、だとしたら長期入院などできないはずなので、やはり一般的ではない」。以前、別の精神科病院の院長だった、ことぶき共同診療所の越智祥太医師はそう疑問を呈する。


米田さんは4年間のほとんどを、4人の相部屋の病室で過ごした。うち2人が統合失調症で夜中に大声を上げることも多く、不眠に悩まされていた。そうした状況を主治医に訴え睡眠薬の処方を依頼したところ、「あなたは病気ではないから、薬は出さない」と言われたという。

実際、彼女が入院中に服薬していたのは鉄剤と耳鳴りの漢方薬などで、頓服で出されていた精神安定剤は1度も用いることはなかった。向精神薬等の薬物治療は4年間いっさい受けておらず、一般的な作業療法以外の治療プログラムもとくになかった。そのため看護師たちからも「米ちゃん、なんでここにいるの?」「米ちゃん、ぜんぜん病気に見えないんだけど」と不思議がられたという。

「面談した主治医からは、彼女には薬物治療も治療プログラムもないとはっきり言われ、ではなぜ退院できないのかと尋ねたら、『この人は操作的なんです』『人を支配しようとする』と言われ、これではまったく話にならないと感じた」。米田さんの退院を支援してきた、佐々木信夫弁護士はそう振り返る。

「4年間で湯船につかったのは数回だけ」

閉鎖病棟内の生活においては、制約が多岐にわたる。

入浴は火曜、金曜午前中の週2回だけ。しかも4人一組で入り、制限時間は15分だ。一時は要介護者の入浴介助を男性スタッフが行い、浴室内で鉢合わせすることすらあった。

また男女交代制でその間の湯の交換が途中からなくなったことや、要介護者が湯を汚してしまうこともあり、「家ではぬるま湯で1時間ぐらいリラックスするのが楽しみだったが、4年間で湯船につかったのは数回だけ。頭皮のかゆみが悪化して、せめて手のかからない自立の人だけでも、週3回にしてほしいと交渉したけど駄目でした」。

食事も同様だ。「好物の牛肉やパンはほとんどメニューに入らず、パサついた鶏肉が多くて、あまり口に合わなかった」。代わりに売店で売っているスナック菓子やせんべいなどで空腹を紛らわせることもよくあった。ただし、「開いているのは週3日。またアメやガムなどは職員用に制限されていた」。

夕食後はテレビを見て過ごしたが、それは21時の消灯までだ。「夜9時に寝るなんて小学生以来で、4年近く病院での生活が続いても最後まですぐには眠れませんでした」。

最もつらかったのが、この4年の間、ほとんど外部と連絡が取れなかったことだ。主治医の指示で、友人・知人はおろか、子どもや親族ともいっさいの面会、そして通話すらできなかった。スマートフォンの持ち込みも禁じられたため、メールやSNSでのやりとりもできず、唯一許された外部との通信手段は手紙だけだった。

「刑務所だって直接面会できるのに、それ以下の扱いですね」。妹が主治医にそう詰め寄ると、「そんなことはない」とかわされたという。

ごまんとあるケース

インターネットも使えないため、情報収集には苦労したが、それでも患者同士の口コミなどで精神障害者の当事者団体などを知り、めげずに手紙を出し続けたことで、佐々木弁護士ら支援者たちとつながることができた。弁護士との面会は、病院側も制限できない。

さらに米田さんにとって幸運だったのが、昨年春に主治医が代わったことだった。その後、昨年8月には唯一妹とだけは面会や電話が可能となり、9月には病院敷地内での外出、その後は院外外出も可能となるなど、入院から3年半止まっていた時間が、一気に動き出した。

昨年10月からは病院、役所、弁護士、そして米田さんを交えて退院に向けた面談が始まった。家族の元に帰りたいと訴える米田さんに対して、病院と役所はグループホームへの入居を提案するなど、退院こそ認めるものの、あくまで彼女を管理下に置き続けることを求めた。妹や弁護士のバックアップもあり、交渉の末、最終的には自宅への退院が認められた。

「米田さんは自分から声をあげることができたからよかったが、精神科に入院している場合、まず弁護士につながることが非常に難しい。今回弁護士が介入しても、病院側は『社会に迷惑をかける』などと極めて抽象的で法的に根拠のない理由を繰り返し、なかなか話が進まなかった。医師は『まだ不安定だ』などとも言うが、4年近く閉鎖病棟にいればむしろ不安定にならないほうがおかしい」。佐々木弁護士とともに米田さんを支援した佐藤暁子弁護士も、病院側とのやりとりをそう振り返る。

長年、精神障害者の支援活動を行ってきた佐々木弁護士は、「なぜ彼女をこれほど長期に入院させたのか。その理由がわからないという点では、これまで携わった中でも最もひどいケース。ただひどいケースではあるが、同時にごまんとあるケースでもある」と話す。米田さんも「4年間の入院生活でさまざまな患者と会ったが、なぜ入院させられているのかわからない人も少なくなかった」という。

薬物治療も特別な治療プログラムもない中での長期入院、そして「社会的制裁だ」などという主治医の発言、家族との面会も不許可など厳しい行動制限の理由と真意について、多摩病院に取材を申し込んだところ、持田政彦院長名で下記のような書面回答が届いた。

病院も市役所も児相も取材拒否

「弊院に入院されていた患者様の件について取材のご依頼を頂きました。しかしながら、弊院では取材はお受けしておりませんので対応できかねます。ご諒解下さいますようお願い致します。」

八王子市役所と八王子児童相談所は、「特定の個人に関する情報は、第三者の方にはお答えできないことになっています」などと回答した。


次回は米田さんを4年にわたり社会から隔離した「元凶」ともいえる、精神科特有の入院制度、「医療保護入院」の問題点について検討していく。

(第2回に続く)




関連する話題です
『母親のこころのケア』と『離婚ビジネス』 『離婚ビジネス』は都市伝説なのか? ネットの書き込みが次々ニュースに 前編

なぜ、 『こころのケア』が「お断り」と言われるようになったのか その1 『阪神淡路大震災』と『地下鉄サリン事件』

【揺さぶられっ子症候群】家庭内の事故なのに…虐待冤罪報道と国立成育医療研究センター  前編

超低出生体重児の長期予後 私が成育に『不同意の意思表示』をしようと考える理由  その1 きっかけは「強制不妊手術」報道 

国連の子どもの権利委員会 「日本の虐待防止対策は不十分」 「ADHD支援 投薬は最後の手段にすべき」

とても評判が悪い、成育の『須坂モデル』 なぜ精神科医は、『転帰』を気にしないのか?  前編

超低出生体重児と虐待 第25回参議院議員選挙 ネットの草の根運動が、『日本維新の会』の公約に!

国立成育医療研究センター『こころの診療部』への不信  成育は、『医療保護入院』の闇」をなぜ看過するのか?

『監察医朝顔』のテーマは『虐待冤罪』 現実社会には、朝顔のような医師はほとんどいなかった

『須坂モデル』を絶賛する人たちに考えて欲しい なぜ、『面会交流』や『共同親権』を求める裁判が相次いでいるのか

子どもに会いに来たオーストラリア人パパを『誘拐犯』にして、世界中に恥を曝す日本

【子供の死因全て検証(チャイルド・デス・レビュー)へ 厚労省】 成育の『こころの診療部』は『冤罪』被害者のケアもして欲しい

超低出生体重児と虐待 「私たちが与えてあげる」というような感覚が、母親の心を閉ざす

子どもに会えなくて、自ら命を絶つパパ  暴力に怯えた私がパパを応援する理由

コメント

非公開コメント
My profile

Author : サクラ47

2002年に手のひらにのるほど小さな男の子を出産しました。それから11年。医療と教育がもっと連携できないか試行錯誤してきました。コマーシャリズムとどう付き合うか悩み、一時挫折。もう一度がんばってみようと思うようになり、ブログをはじめました。

プロフィール

Author:サクラ47
2002年に手のひらにのるほど小さな男の子を出産しました。それから11年。医療と教育がもっと連携できないか試行錯誤してきました。コマーシャリズムとどう付き合うか悩み、一時挫折。もう一度がんばってみようと思うようになり、ブログをはじめました。

全記事表示リンク

検索フォーム

カレンダー

03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: